堀悌吉、財部彪、あれやこれや

2020年08月04日
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S:昭和
Para Bellum~堀悌吉」(堀悌吉とその時代、2度の海軍軍縮)

我ながら力作だと思いながら、作業しながら読んでいる。
良かったら読んで行ってください。
恐らくこの話は表からは見えない設定だけを触るだけで終わります。
ちょっと書き加えたい所もあるのだけれど、今はその余裕がない。

財部彪、若槻礼次郎、谷口尚真、堀悌吉、左近司政三、古賀峯一

これは書くのに本当に苦労した話です。
先日の桐野もしんどかったけれど、それとは比にならない程しんどかったです。全19話。
海軍軍縮会議触るとか正気じゃないわ。普通に死ぬわ(しんどいのが分かっていたので避け続けていたテーマでした)。
まあ統帥権は自分の研究対象であったのでなあ…陸軍だけど。
資料は探し回らなくてもコアな所まで家にあると言っちゃある。

ブログのタイトルをつけた個人的には思い入れのある話です。
そして私のサイトでタイトルロールを獲得したのがまさかの堀悌吉。笑
でも堀にはこの題が一番合うと思ったの。
(Si vis pacem, para bellum/ラテン語。汝平和を欲さば戦に備えよ。堀は軍は平和の為にあるべきという思想の持ち主でした)

山本五十六も良いのだけれど、その大親友として知られる堀悌吉はもっと知られていいと思います。
知られていいというより、山梨勝之進と共に知られるべき人物です。
加藤友三郎の直系であった山梨と堀が更迭されずに海軍の主流に残れていたらと、この時期の話を見ていると考えざるを得なくなるし、腹が立って仕方がない。

昭和史にしんどさを感じるのは、あの時こうだったら、この時ああだったら、という分岐点の多さ故だと感じていて、その分岐点のひとつがロンドン海軍軍縮後の海軍の人事だと思います。
陸軍と異なり政治力のない海軍だけではどうしようもなかっただろうけれど、トップがまともなら、あの歴史ももう少し違う推移を辿ったのではないか、とやはり思ってしまう。

この話では一般的には殆ど触れられない話題にも触れました。
恐らくネット上で書かれているサイトはないと思います。
また書籍でもないんじゃないか。
当時海軍大臣であり、全権のひとりであった財部彪の話。
財部彪に関しては私のサイトが一番だと自負しています。ここまで財部の事について書いている所はないと思う。

山本英輔、井出謙治、竹下勇、財部彪

財部に関しては悪口が非常に多いです。評判が悪い。
在世当時からあまり良くなかったのだけれど、そんな悪く言われる程悪い人材ではなかったです。
財部を見ていて感じるのは、運の無さ。
運の悪さというより、気の毒だなと感じる事が多い。

抑々の婚姻からして気の毒ですよ。
山本権兵衛の女婿になるのを最後の最後まで嫌がっていたのに、外堀を埋められて「もう仕方ない」で結婚を決めたからね。

経歴にしても随分上の意向と時勢に振り回されているのを感じるし、海相の前任者加藤友三郎が偉大過ぎた。
加藤と比べて頼りないのも、優柔不断なのも分かる。
でも正直海軍のワンマンカリスマと比べるのは気の毒だ。
井出謙治(当時次官)が辞めずに済んでいたらどうなっていたかなあ…

財部は当初広瀬武夫の親友と言う位の認識しかなかったのですが、竹田市の広瀬神社と神田須田町万世橋駅前の銅像の建立に最後まで反対していた(のとその理由)を知って、興味を持つようになりました。そこが好きになる切欠だった。
まさかこんなに好きになるとは思っていなかった。

財部彪:「財部彪の縁談」/「紐解 『財部彪日記』」/「Para Bellum14」 /「追憶2」他


また日露戦争で活躍した将官らが多くワシントン海軍軍縮会議後にリストラされているという事も、あまり触れられていないと思います。
日露戦争で活躍した士官たち…秋山真之らに代表される日露戦争時の中堅層で、まっさかーと思うけれど、佐藤鉄太郎もこの時にリストラされている。
秋山も存命であったら恐らくリストラされていたと思います(Para Bellum15)。

『坂の上の雲』が割といい時代、ゴールデンエイジ的な所を書いているので、一般書でもそちらに重きが置かれる事が多くて、こういう所はあまり言及されないのだよねえ。
言及というか、もしかしてあまり知られていないのでは…(と思い始めている)
本当に何と言うか…
知らない事の方が圧倒的に多いよなあ…
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ヒジハラ
Posted by ヒジハラ
近代史と広瀬武夫が大好き
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月に叢雲花に風

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