堀悌吉の展覧会@大分

ヒジハラ

大分県杵築の出身、海軍中将堀悌吉。
山本五十六の親友としてよく知られていますが、この人は真実海軍の逸材であったと思います。
堀や山梨勝之進のような人材を辞めさせるような組織は本当にどうかと思う。

堀と2度の海軍軍縮会議については「パラべラム~堀悌吉」で、山本と堀の結婚の話を題名そのまま「堀悌吉、山本五十六、マリる」で書いています。
興味がある方はどうぞ。ちなみにマリるは海軍隠語で結婚するです。マリッジから。
エンゲとマリったらすぐにベビるのよ(=婚約者と結婚したらすぐに子供が生まれる)

パラべラム、Si vis pacem, para bellum はラテン語のことわざ。
「汝平和を欲さば戦に備えよ」という意味になります。
軍人でありながら戦争反対者であった堀の事を書くにあたり、このブログの名前にしているパラべラム、「抑止力としての軍」「平和のための軍」という意味を込めて題にしました。
これが堀が求めていた海軍の姿だったと思うので。
パラ・べラムだけだと「戦に備えよ」かな。
 

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「堀悌吉-国際協調に努めた海軍軍人-」@大分県立先哲史料館

これもっと早くに教えて欲しかったー…
年末にお知らせが来たのよ…鹿児島行く前に教えてくれてたら何とか算段したのに…
というか、ピンポイントで(封書で)お知らせが来てばりビビる。笑
え?え?私何かした…?
と思いきや堀の伝記を先哲史料館で買った時に住所氏名を書いたらしい。覚えてない。


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昨年10月、堀のお孫様が堀の資料6142点(!)を同史料館に寄贈されたというニュースが出ていました。
今回の展覧会はその収蔵記念展。
中には山本五十六の遺髪もあるそうで、少し驚きました。


述志も出てる…
史料館の館長の言として「山本五十六にとって堀は唯一本音を話せる親友だったことがよく分かる資料だ」とありますが、その親友を追い込んだ一人が山本その人だったということは本当に言われません。
ロンドン海軍軍縮会議で若槻礼次郎や財部彪らに妥協反対だとしてかみつきまくり(山口多聞もです)、あまつさえ文官に向かって拳で言うことを聞かそうとしている。
ロンドンから帰ってきたら尊敬し兄事する親友堀が妥協反対派の為に苦境に陥っており、最終的には海軍を追われてしまいます。

三国同盟反対、アメリカと戦争は出来ない、山本の後年の主張は確かにそうなのだけれど、その前にこういう事をしていたというのは、都合が悪いのか、きれーさっぱりかっ飛ばされている。
この話を書くと必ずと言っていい程ファンと思しき方に、良く調べもしないで嘘を書くなとか、誰が言ったんだ調べてから書けとか非難されるのですが、あの、当事者の話が残っていますからね。言われた本人が書き残していますからね。
『大分県先哲叢書堀悌吉』、堀の伝記にも載っています。
山本五十六は阿川弘之と半藤利一(※山本は郷土の先輩)により神様扱いされ過ぎてます。

こういう事があるからメールフォームにくどくど注意書きを書く羽目になるのだ…本当はあんなこと書きたくないのに。

それはとにかくこの展覧会、図録出るよね?ね?
通販出来るんかな…

***

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真田山陸軍墓地、なんとかなりそうで…!良かった!
ここの状態、私が見た感じでは熊本にある西南戦争の官軍墓地より状態が悪い。
老朽化とか、もうそういう状態・状況ではない。実際に崩れ落ちています。
国のために亡くなった方々、早く何とかしてあげて…

**


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民家から従軍日記が出て来たとの事。
騎兵として従軍した方の日記だそうです。こういうのも出てくるのですねえ…
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