嘉納治五郎@御影公会堂

ヒジハラ

御影公会堂にある嘉納治五郎コーナーに行ってきました。


御影公会堂


地元でも知らない方が殆どだと思いますが、嘉納治五郎は神戸市東灘区御影の出身です。
講道館柔道の祖として知られる嘉納治五郎、私が見に行ったのは皆さん既にお気づきでしょうが、純然たる広瀬武夫目的です。笑
広瀬とのつながりで、今まで折に触れて嘉納の事について触れています。

御影公会堂は昨年リニューアルされまして、その際嘉納コーナーが新設されました。
地元の方曰く、こちらに入っているオムライスがおいしいということでね!
ずっと行きたかったんです…(そこ!?
行こう行こうと思ってやっと行ってきました。


嘉納治五郎 
<嘉納治五郎>


実家は灘五郷のひとつ御影の名家嘉納家で、化政期には灘酒業界の主座を占めています。
ついでにこの家は現在の菊正宗・白鶴の前身です。

父(治郎作)は幕末、幕府の御用も勤めていて、勝海舟の建策による神戸の和田岬砲台や西宮砲台の建造も請け負っています。
幕府の仕事してるってよっぽどよ。
そういう事もありまして、嘉納は子供の頃自宅で!勝海舟と会っています。
幼い頃から利発であったようで、勝からは「これからは学問だ」と、勉強に励むようアドバイスされている。

また小笠原長行(ながみち)にも自宅で面会したことがあるそうです。
凄いね。商家ですよ、この家。
小笠原は小笠原長生(ながなり)の父です。


嘉納治五郎@御影公会堂 


嘉納は抑々柔道家というよりは教育者でした。
イメージが湧き辛いですが、超ハイソであり、超セレブです。

明治7(1874)年に官立外国語学校(英語学校)卒
明治10(1877)年に開成学校(東大)入学
明治14(1881)年に同校文学部政治学及理財学卒業。文学士。その後さらに哲学選科に入学しています。

英語ペラペラ、政治学と理財学では文学士、哲学まで学んでいる。
そしてこの時期に、学生であった嘉納は学習院講師としてスカウトされています。
学習院ですよー!
当時の学習院は皇族と華族の子弟を教育する学校です。
庶民?お呼びでない!(笑

その上明治19(1886)年には当時の学習院院長、大鳥圭介の信任を得て学習院教授兼教頭ですよ。
27歳!
これと並行して宮内省御用掛を務めたり、また文部省に出仕しています。
政府高官を初めとするセレブとの距離が非常に近い人物だったのですね。

嘉納はこの公的なお勤めの他に、自分でも学校を経営していました。
嘉納塾、英語を教える弘文館、そして柔道の道場・講道館です。
凄いバイタリティ(笑
嘉納の人脈から生徒には政府高官・華族の子弟がとても多い学校であり、道場でした。
広瀬武夫の書簡を見ていると、嘉納塾なんかはどーも浮世離れしている感じであったみたい。
自分の弟を入れて、やや後悔していたようです。


嘉納治五郎@御影公会堂


嘉納が柔道を始めたのは、虚弱体質で他の少年に体力で劣っていた為。
男子ですからねえ…
悔しい思いをすることが多かったようです。
それで他者に負けない体を作る手段として柔術に関心を持っている。
明治10(1877)年、18歳のころです。

複数の流派の研究を重ねて長短を取捨選択。
時代に合い、且つ嘉納の教育方針に叶う“道”として明治15(1882)年に誕生したのが『講道館柔道』になります。


嘉納治五郎、広瀬武夫、財部彪 
<明治30年初夏撮影>


広瀬武夫や財部彪が随分尽力して海軍に柔道を入れており、海軍関係者でも講道館の門人は多いです。
それだけでなく、嘉納の親類には海軍軍人が数名います。
はい、系図。


嘉納治五郎 系図 



一番上の姉が南郷茂光(もちてる・海軍主計官)の妻。長男が南郷次郎(最終:海軍少将)。
次姉が柳楢悦(海軍・初代水路部長、天文台所長)の妻で、長女が谷口尚真(最終海軍大将)の妻。
ちなみに柳の子供には柳宋悦、そして孫が柳宗理。

南郷次郎…海軍のリストラについて 一番下の註(※広瀬武夫の後輩で友人です)


嘉納治五郎 
<嘉納治五郎>


東京オリンピック誘致のため首席全権としてカイロ会議に出席しています。
誘致には成功しまして、アメリカ経由で帰国する最中、氷川丸船中で肺炎のために亡くなっています。昭和 13(1938)年5月4日。
結局開催されず、「幻の東京オリンピック」、と言われるオリンピックです。

ちなみに葬儀の委員長は財部彪。
財部は南郷次郎が2代目館長に就任するまでの間、館長代理を務めていました。


嘉納治五郎@御影公会堂


御影公会堂の展示室は小さなものでした…
広瀬武夫はいなかった。笑
そうだろうと思っていたけど、いなかった。笑
さっとみて回る感じで終わってしまったのですが、最近生誕地碑が出来たそうです。
@菊正宗の本社。

しっかりしたパンフレットも頂いたのですが、机周りを片付けた時に行方不明に…
見つかったら写真を上げますね。
それによると来年の大河ドラマにも嘉納が出るそうで、幻の東京オリンピック招致の辺りから始まるみたい。

教育界と日本のスポーツ振興に大きな足跡を残した人だと思うので、これを切欠に嘉納が兵庫(御影)出身だということを兵庫県の人にも広く知ってもらえたらいいな~と思います。

関連:

広瀬武夫の為に講道館にも行きました…笑
部外者、ものっそ入り辛い…^^;

(※サイトの広瀬交流:嘉納治五郎をほぼトレースしています。現在このコーナーを閉じていますので)
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