サイト更新(史跡:田原坂、吉次峠)

ヒジハラ

改訂です。
頑張った…私頑張ったよ…パトラッシュ…
いや、ちょっとあれこれ本当に大変だったのです。
改訂に費やす時間じゃないよorz

具体的には①
いっそと思って「西南戦争:田原坂の戦い」という形で題も変えました。
あと各ページに何を書いているのか、もう少し分かり易くと思って目次リンクを作ったので、利便性は上がったと思います。
(それだけ閲覧数が急激に増えてきた…大河のせいというかお陰だと思うけどコワイ…)

具体的②
各ページ、綺麗な写真と入れ替えた所があり、またgoogle map先生の協力を得て(笑)田原坂一帯の戦場の俯瞰図も入れています。
地形が分かり易くて、戦記物を読む時は重宝してます…

具体③

内容が大幅に変わったのは「4.吉次峠の戦い(2)」「 5.田原坂の攻防と抜刀隊」の2ページになります。
本当は「3.吉次峠の戦い」と「4.」を統合すべきだったと思うし、「4」と「5」の小銃と弾丸の話は、本来なら1ページに纏めるべき内容です。
話の進行上、別ページ掲載で断念しました。
これだけはちょっとご不便をおかけしますが、大目に見てくれ。

4は薩軍の西南戦争時のスナイドル弾丸保有量の話、5は政府軍と薩軍が持っていたスナイドル銃とエンフィールド銃の話になります。
改訂前に書いていた話の前提が覆っていますので(だから別頁掲載が直せなかったのだ)、よろしければ覗いてみてください。

紙面?の関係上書いていませんが、スナイドル弾丸についてはあまり知られていないものの、かなり重要だろうに触れられていないと言うか、へえと思うような話があるので、これはいずれブログでも触れたいと考えています。

情報としてはかなり昔から出ていたのに、薩軍=弾丸不足というイメージに縛られて、西南戦争の前期、薩軍がかなり潤沢に弾丸を持って戦争に臨んでいたらしい、ということに結びつかなかったのですね。
え、だって戦場で使用済みの弾丸とか拾って再利用してたよね?ね?
しかし、だからと言って弾丸ストックが少なかったという証明には、確かにならないかも…

近年出ている本を見ると、そうだったのかと思うことが多くて、面白いです。
以前に書いたシーボルトの話もそうだけれど、言い古された通説って、結構注意が必要ですね。

まあそんなこんなで、改訂ではありますが、遊びに来て頂ければ幸いです。
あと熊本城攻防戦のリンクはまだ繋がっていませんので悪しからず!
ちょいお待ちをー!

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Comments 2

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MV  
大河の方も田原坂が間近ですが……

昨日はちょっと出かけていたので今日になって大河を見たのですが。

桐野利秋が刀で銃身を両断しましてな。
テレビに向かって「アンタの剣は石川五ェ門の斬鉄剣か!」と突っ込みを入れてしまいました。
いつから大河はコメディ枠になったのでせう。

そのあとの台詞も耳を覆いたくなるような代物だったし、また「人斬り半次郎」とか言われてるし。
こちらで紹介なさっていた『薩摩の密偵 桐野利秋』を読了したとこだったので落差に泣きましたよ~~~。

おまけ。
土曜日に、『天皇の料理番』の録画を見まして。
病みやつれた兄やんと西郷どんの面変わりの激しさに、役者ってすごい!と思いました。

2018/11/26 (Mon) 21:49 | EDIT | REPLY |   
ヒジハラ
ヒジハラ  
>MVさん

あ、それで田原坂ページの閲覧が増えてるのですか…
篠原国幹を見に来る人がやたら多くて。笑
…篠原さん出てます?


>いつから大河はコメディ枠になったのでせう。

わははは。そんな感じなんですか!
以前見た時には随分お花畑だなあと思ったのですが、今でもそんな感じっぽいですね。
以前レビューを書いた際にそれまでの取り溜めを見ないまま消したのですが、録画予約は消し忘れていたのでそのまま引き続き取り溜めに…笑
ちょ、ちょっと見てみます。完全に怖いもの見たさですが。笑
『薩摩の密偵 桐野利秋』は、もうしばらく積読になりそうです…

『天皇の料理番』はたまにしか見ていなかったのですが、回を追うごとの窶れ具合が凄かったです。
新聞等に出ている写真を見てても、確かに西郷どん、順調に大きくなってますね~
ホント面変わりが激し過ぎて、プロ根性凄いとしか言いようがないです。

2018/11/26 (Mon) 22:18 | EDIT | REPLY |   

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