えげつなさ

ヒジハラ

初夏に時代小説を人からお貸りしまして、今頃になって漸く読み終わるというこの不義理(B'z Live-gymの待ち時間…)。

朝井まかての『恋歌』と『藪医ふらここ堂』という時代小説ですが、どちらも面白かったです。

面白かったというか、『恋歌』はやや衝撃的でした…

中島歌子、明治のスキャンダル多き女流歌人として、樋口一葉の師としてよく知られる人物が主人公ですが、この方の夫が水戸の天狗党のひとりだった。
そうなんだ。


水戸は尊皇攘夷の先鞭をつけたと言っていい藩ですが、桜田門外の変と天狗党の乱以外はぱっとしないというか。
うん、ぱっとしない。勉強不足で申し訳ない。
気がついたらいなくなってるもんね、水戸藩。


その程度の認識であったのだけれど、藩の内部抗争の影響がシビアで震える。
長州にも正義派と俗論派の政治抗争で粛清はあったけれど、土佐でも土佐勤皇党が粛清されていたけれど、これはどうも、ちょっと…


天狗党として活動した夫や子供の為にその家族(婦女子)が受けた報復が凄惨で、これはどうにも。

女性目線での話であるということがありそうですが、男性ばかりが主人公になりがちな幕末で、しかも日が当たるとは言いがたい水戸の女性たち…の救いがこない話は、本当に救いがなくて息が詰まりそうでした。


高崎正風の関連でくらいしか知らなかったのだけれど、中島歌子、凄い時代を生きてきたんだな…

そらー明治生まれに何が分かると言われても、そらそうだよなとしか思えない。

ちなみに高崎正風は旧薩摩藩士で高崎佐太郎といい、8月18日の政変の薩摩側の立役者です。

明治以降の歌人としての方がよく知られているかな?

与謝野晶子を批判していた記憶がある。(※佐々木信綱の間違いです。すいません)

薩摩のお家騒動「お由羅騒動」は別名「高崎崩れ」と言いますが、この高崎は佐太郎の父になります。

高崎の父は斉彬派の中心人物のひとりでした。

物語の中で貧しさのために薩長に乗り遅れているという話が何度か出ていたのだけれど、これは本当にそうだと思います。

維新は結局西日本の、貧しさを克服した経済力がある藩のストーリーです。

薩摩なんて特にあからさまですが、調所笑左衛門の無利子無担保の250年ローン(完済予定は2085年でござる…)とか、それは普通踏み倒しというのですよ…(※)

商人に対してだけではなく、薩摩は農民からの搾り取りもえげつない。

西郷隆盛が配流された奄美大島なんて本当に悲惨としかいいようがない。


(※明治4年の廃藩置県で藩が無くなり、その措置の一環として政府は翌5年に大名貸し(債務)を無効としました。それまでは返済されてます)



薩摩は武士が非常に多い国で、武士は3割、郷士を合わせると4割になる。

武士人口の全国平均知ってる?

1割に満たない。7%くらい。

残りの93%でこの非生産階級である武士を養っているのです。

年貢は四公六民~六公四民ぐらい。

それが40%って言うんですからね、年貢の割合も当然跳ね上がる。

八公二民です。

作ったものは残りません。そらー米なんか食べられない。

そしてこれは年貢ですので、公役(労働)なんかもあるわけです。

一応、本当に一応は武士の端くれにいる筈の郷士ですら自ら耕さないと食べていけない位ですから、後は推して知るべし。

ちなみに中村半次郎(桐野利秋)、城下士です。

親が配流になり禄が没収されたりとちょっと特殊ではあるけれど、朝から晩まで働かないと食べていかれない。


薩摩では農民一揆が起こらないといわれますが、起こらないんじゃなくて、起こせないんです。

文字通り生きていくのに精一杯でそんな気力ないし、武士からの監視がものすごい。

農民というより奴隷です。


島津斉彬は名君として誉れ高き藩主ではあります。

が、斉彬が行った大砲や軍艦等の西洋軍事技術の研究・開発・製造といった集成館の事業はめちゃくちゃお金がかかる訳で、結果的には斉彬の代で増税ですよ。

調所は斉彬の”蘭癖”により、薩摩が再び経済的に苦しむ羽目になると斉彬の藩主襲封に反対しましたが、それは確かに正しい見解であったと思います。

斉彬が藩主として良いか悪いかはまた別の話。


借金の踏み倒しと行財政整理、その上での増税で幕末の薩摩の軍事力は成立しているんだよなあ。

何処の藩でも似たり寄ったりの所があるとは思うのだけれど、薩摩のえげつなさは徹底してると思うんだよねえ。

だからこそ維新の立役者になれたということがあるんだろうけれど。


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Comments 2

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ジゴロウ  

はじめに、教えていただいた、八重の桜再放送、見ることができました。
ありがとうございます😊

本当、歴史の表舞台ならぬ、それを支えた家族たちの話や表舞台に出れた面々にしても、それまでの貧しさの話は、今では信じ難いものが多いですね…

高崎と言えば、818の政変で、會津の秋月と懇意でしたが、明治になって、訪ねてきた話が興味深いです。
會津目線だと、何しに来たワレ!な気がしたんですけど、当時、教員だった秋月胤永が、翌日授業が出来ないほど飲み明かしたという点がなんとも不思議な感じです。しかも、「旧友」とか言ってるし…

そうそう、慶喜は日本を売り渡して民を苦しめる悪党で、それを倒すために江戸に火をかけるのはやむを得ない、という西郷どんが、国営に流れてましたよ(笑)

2018/09/22 (Sat) 18:37 | EDIT | REPLY |   
ヒジハラ
ヒジハラ  
>ジゴロウさん

「八重の桜」ご覧になれたようで何よりです(恐らくジゴロウさんの方が情報は早いだろうと思いはするのですが^^;

仰る通り当時の貧窮は今では想像できないものであると思います。
近代になっても東京には大きなスラム街がいくつかありましたし、その実情を見ると江戸時代の江戸の方が良かっただろうと、正直思ってしまう…

高崎、秋月と明治に入っても仲が良かったのですね。
高崎は維新後は818の薩会同盟の関係からどうも不遇であったようです。
そういったこともあって歌の方に重心を置いたかと個人的には思っているのですが、秋月との仲はそうした点があったのかもしれないですね。
政治家として出世していたらまた違っていたかも…

江戸に火をかけるのはやむを得ない!笑
これまでの話と、人格が物凄く転換していませんか?それ…
というか、もう江戸開城の辺りなのですね。明治やるんだ(という純粋な驚き)。

田原坂の史跡ページをNHKドメインが覗きに来ている跡がありまして、西南戦争するのかな?と思ったのですが、実質2ヶ月半ほどで大河終わりですよね。笑
明治に入ったら当初思っていた通りに見ようかなとは思っているのですが。
(なんだか笑いが絶えない感じになりそう…)

2018/09/23 (Sun) 09:46 | EDIT | REPLY |   

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