混在明治ビギニング

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地元西宮では金曜深夜の雨の降り方と雷は異常でしたが、明日朝にかけても豪雨になるらしい。
台風以降雨の降り方が尋常ではなくて引いてます。
被害が出なかったらいいけど…
ちなみにうちでは先日の台風で隣家の棟瓦が飛び、物置のトタン屋根を突き破っておりました。
隣家の棟瓦、沢山飛んでいてぞっとした。
ぱしゃーん!と何度か凄い音がしたんですよね。
表の植木鉢が落ちて割れていて、それかと思ったのだけれど、それだけではなかった…
瓦とか、怖すぎる。

***

お盆休みにジゴロウさんより素敵な図録を頂きまして!


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『建物にみる江戸東京』
明治150年記念の図録で、中身を見ると明治3・4年~13年頃の写真ばかり…!
大興奮でした!


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こちら司法省の入り口。明治4年~13年頃。
旧岡崎藩本田家の上屋敷を使っていたそうです。
江藤!新平が!ここに出勤してたのね…!江藤!(好き!)


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おお!と思ったのはこちらも。気象台です(左端に写っているもの)。
気象台の話は今年2月に「イノベーション」で少し書きましたが、日本全国の天気をたった一文で予報するとかいうアレです。正気か。笑

内務省地理局になっている…
地理とか地図というと私は陸軍の陸地測量部を真っ先に浮かべるのですが、これは参謀本部絡みだし、参本明治11年からだからなあ(参本はM10西南戦争を切欠に誕生しました)。
内務省の管轄だったんですね。

内務省は内務省で、警保局とか、そっち方面の印象が強いんだよなあ。
ちなみに陸地測量部は国土地理院の前身です。
内務省警保局は内務省の警察行政関係の部局で、特別警察(特高)でよく知られています。


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こちら明治6年頃の近衛騎兵隊と6~13年頃の近衛兵の兵営の様子。
いやー!薩摩人か?薩摩人ですか騎馬で整列している彼等は!?(大興奮
明治6年頃、ならまだ、ギリあり得るぞ!
やーん辺見君こっち向いてー!篠原さーん!(おい)(おらんやろ

上写真には写ってないけれど、東京鎮台の写真とか残っていて驚く。
門構えは西洋なのに、建物自体は大名屋敷そのまんま!(笑)
鎮台に限らずちぐはぐな建物も多くて、時代が過渡期であることをまざまざと思い知らされます。
まあ使えるもん使うってのは、別に不思議でもないけどね。


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更に驚いたのはこちら、陸軍教導団。
うわー、うわー、こんなん初めて見たわ…!
すごいな、こんな写真まで残ってる。

陸軍教導団は陸軍の下士官養成機関です。
明治2~4年に大阪に置かれた大阪兵学寮、これと同様に教導団も大阪に置かれていた。
当時の兵学寮の学生には児玉源太郎がおり、また寺内正毅がおります。
(兵学寮は東京に移った後陸軍と海軍に分かれます)

明治2年、軍事視察の為関西に来ていた大村益次郎が京都で襲撃されます。
その傷が元で大村は大阪で亡くなりますが、京都から大阪に移送する際、大村を運んだひとりが児玉であり寺内です。

教導団ですが、下士官かとお思いでしょうが、ここ出身の有名な人、結構いるのですよ。
ここでの成績が優秀であったら、陸軍士官学校に入ることもできたのです。目指せ将官、大将だって夢じゃない。
東條英教、田中義一、河合操、白川義則、木越安綱はここの卒業生ですね。
ついでに長岡外史と福島安正は教員として働いていたことがあります。

日露戦争期に活躍するあれこれの人物が、この写真図録に収まっている写真の門をくぐっていたと思うと面白いです。
というか幕末のあの人この人たちがここに生きていたというのが、もう何とも。
3年か4年前まで江戸時代で、江戸幕府があったんだぜ、ここ…
大名屋敷だったんだぜ…

写真は東京の中心地のごく一部で、和洋混在が多かったのだろうけれど、当時の政府が洋館をよくここまで作ったことよ。
西洋に追いつこうとする、西洋に侮られまいとする必死さを見る。

本当にいい図録を見せて頂きました。眼福でした。
ジゴロウさん、本当にありがとうございました。


大阪といえば、先週の台風で旧真田山陸軍墓地(サイト)にも被害が出ているようです(別窓)。
損傷数十基とあるけれど、それで済んでいるのだろうか…

敗戦以降管理責任者がいない為(ボランティアの方が保存の為に尽力されていましたが)、もとより経年劣化で状態がかなり悪く、墓碑が倒れていたり折れていたり割れていたり、でも修復が…
台風で状態が更に悪化し、その事態を鑑みた大阪市長が手を打つとツイッターで明言されています。
国のために命を落とした先人の墓碑だ、と。
今の大阪市長、しっかりしてるから大丈夫だと思う。
何とかなりそうで、本当にホッとしました…
史跡とかいう以前に、本当に国のために亡くなった方々なので、もっと大事にしないと(涙

*

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4 Comments

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ジゴロウ  

こちらこそありがとうございます。
正直言いまして、
「この図録ネタにして、ブログ書いて下さいね」
の一言を、多忙な土原さんに、言うべきか言わざるか…
でしたが、こんなに喜んでいただき、かえって感激です。
「10年前はちょんまげ」
からのこれですから、当事者の混乱とか凄そうだとか思いましたね。
本当、写真館、来て欲しいです。

2018/09/09 (Sun) 23:44 | EDIT | REPLY |   

ヒジハラ  

>ジゴロウさん

当初は8月中にアップをと思っていたのですが、遅れ遅れて今になりました…orz
しかしあの時期の写真、残っているものですね…!
見ていて驚きが多くて嬉しかったです。本当にありがとうございました。

当事者の混乱、確かにそうですね。
10年ひと昔という言葉が文字通りそうなってしまった、ある意味あり得ない程の激動の時代だったのだと思います。たった数年でこれだけ大きく物事が変わったのは、日本史ではこの維新期だけだったのではないかなあ…

写真館、一度お伺いしたいです。
ホント、もう少し東京が行きやすければ…

2018/09/10 (Mon) 07:55 | EDIT | REPLY |   

京一朗  

初めまして

初めまして 土原様

ブログ「3D京都」を書いております梅村と申します。

土原様の書かれた記事で紹介されていた図録『建物にみる江戸東京』ですけど、
ネットの本屋さんでさっそく購入しました。私も明治初年の東京の古写真について興味を持っています。
情報を教えていただきありがとうございました。

2018/09/13 (Thu) 21:44 | EDIT | REPLY |   

ヒジハラ  

>梅村さん

梅村さん、初めまして。
この頃の様子は文字は読む機会は多いのですが、纏まった形で写真で見ることがなかったので上記図録を頂いて、中を見て驚きました。
ネタ元になる写真帖があり、それが明治14年のものなので明治初期の写真ばかりになっているようです。
分厚い図録ではないのですが、時間を忘れて見てしまいます(笑

ご丁寧にコメント頂きましてありがとうございました。


2018/09/14 (Fri) 07:16 | EDIT | REPLY |   

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