つれづれ

週に一度の生きてます報告の日です(そうなの?
生きてます。今がんばってサイトの改変してる。
分からないことが多くて手を動かしながら覚えることが多くて時間がかかる。
控えめに言って死にそう。笑(笑って
ちゃんとできた暁にはスマホでの閲覧が大分楽になると思います。
ちゃんとできればな。
がんばるけど期待しないで待ってて…既に燃え尽きそう…

日曜日にNHKスペシャルの「大江戸」を見ました。
サイトいじりながらだったので、最後の方は殆ど見ていなかったのだけれど。
あと1回で終わりかな?第1回は録画はしているのだがまた見ていないのだ。
明暦の大火(振袖火事とも言います)の再現シミュレーションがさながら地獄絵図で震えました。
一職人の細かい記録まで残っているのにも驚いた…
やっぱりあるのですね、ああいった史料。
火事が起こった地点の目と鼻の先にいて、本当によく生き残ったなあの男性。

ああいう様子を見ると、文字の上では知っていても、当時起こったことの悲惨さなんて自分は何一つ分かっていないんだなと思う。
そしてあれを見ながら東京大空襲はもっと酷かったのだろうと思ったのですよ。
米軍は日本家屋は紙と木で出来ていると知った上で、まず周辺を焼いて市民(非戦闘員)の逃げ場を無くしてから中心部を爆撃した。虐殺やろ…

明暦の大火後、天守閣が再建されずにその費用が江戸の復興費に宛てられたと紹介されていましたが、これを行ったのが保科正之です。
三代将軍徳川家光の異母弟に当たる、名君の誉れ高い人物です(会津の初代藩主)。
欲を言えば名前を出して欲しかったけれど、致し方なし。

しかしながら、本当にこうした非常時に為政者の人間性が政治に反映されるものだと思います。
そして数年前の福島応援の大河は保科にすればよかったのにと未だに思っている。
復興という意味では本当に、まさしくこの人が相応しかったと思う。
しかしこの辺りの話はジゴロウさんにお任せするのが一番だわ(笑

関東大震災時に復興の重責を担った後藤新平は、復旧ではなく復興だとして都市計画を立てますが、こちらは予算の関係で全然無理だった。
都市としての規模が全然違ってしまっていたというのはあるだろうけれど、日本は本当に貧乏だったからなあ…

そういえばあった所に天守を復活しようと言っていた団体があったけれど、あれはどうなったのか。
いや、あった所ってあーた、千代田城は今皇居やがな…^^;

しかし「宵越しの銭は持たない」の説明は、この話を読んでしまってからだとちょっとなあ(笑
おーい、先祖代々の江戸っ子が全然違う事言ってんぜ(笑
(まあ、恐らくどちらも本当だと思います)
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2 Comments

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ジゴロウ  

はい、ジゴロウです。
江戸城よりも町の復興の話になると、必ず名前を出してもらえないんですよねぇ…なんでなんでしょうか?

2011も、生誕400年で、何故あのチョイスなのか…

容保公のご子孫が、NHKのプロデューサーだから、身内贔屓にならないようにらしいですが、容保公の6男の恒雄氏が、総理にさせないように、皇室と娘の縁組を持ち掛けられた話を思い出してしまいます。皇室との縁が深いと、政府の中枢にはつけなかった不文律があったようで…
たしかに、ご子孫が先祖を推すのは難しいですよね。

そういえば、今年の大河の禁門の変に、来島又兵衛を長州力がやるそうです。
どぶろっくが慶喜&久光並みに、モヤモヤを感じます。

2018/07/06 (Fri) 04:30 | EDIT | REPLY |   

ヒジハラ  

>ジゴロウさん

確かに明暦の大火後の話は大体において町人の底力とかそういう話になっているように思います。
伊藤博文に関しても思いますが、テレビは本当に政治家を評価しませんね。
何故なんでしょう(伊藤に関しては女関係ばっかり取り上げられる…)

>ご子孫が先祖を推すのは難しいですよね。

確かにそれでは難しそう^^;
一応公共放送でもありますし、そういうこともあるのかもしれません。
しかし長州力ですか。
禁門の変の印象だけで宛てているのでしょうか。
猪突猛進と思われがちですが、そもそも来島さんは文武両道のハイスペック経済官僚なのですがーorz
うむー…

2018/07/06 (Fri) 22:15 | EDIT | REPLY |   

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