サイト更新(近代:財部彪、広瀬武夫、向井弥一)

ヒジハラ

更新案内ばかりですが。笑

近代:【今日の財部彪日記(1)】

財部彪日記


2・3年ほど前にこちらで書いた『財部彪日記』の未公刊部分を読んでの話になります。
自分で言いますが(笑)、原典を読んでのものなので結構レアです。

今回はブログのエントリーの題に広瀬武夫と向井弥一の名前を入れていますが、例の話ですね!
財部君の縁談をぶち壊すべく動いたふたりの話…
と書くと少々大袈裟ではありますが。
まあ、あながち間違ってはおらず、そして縁談はぶち壊せずに終わったという。笑

詳しい話は今回の更新分をお読み下され。
世間一般に流布している財部の縁談話と、結構違いますので。
当然といえば当然ですが、史料を読んでこそ見えてくることもあります。

ただこのページ、もう少し時間が経って読み返した時に書きなおしたいと思う可能性が…^^;
改訂するかもしれません。
まあその時はその時と言うことで、またお知らせしますので、よろしくお願いします。


先日のサイト更新分で、京都伏見の水郷巡りの紹介もしましたが、その時だったかなー、それ以前だったかなー
大学院の戦友、みさわちゃんにこの『財部日記』の財部の縁談の話を聞いてもらっていたのです。

財部はどうしてもこの話を承けたくなくて、先輩や親友に相談します。
その親友が広瀬であり向井であった訳です。
しかしながらこの色々と相談した先輩や親友も、山本と上村彦之丞(縁談を持ってきた)に次々と陥落されて、最後は「この上は致し方なし」と財部は山本権兵衛長女との縁談を受けている。
もう仕方ないって。
仕方ないって。
おお…
なんというか、可哀相で私もみさわちゃんもつい笑ってしまったのだけど(財部君ごめん)、こういう話は掃いて捨てる程あったんだろうね、と。

日記を見ていると、財部はこの件に関して上村にはかなり困却しています。
上村も強情だから言い出したらきかないし、その上強引だし(偶に財部が滅茶苦茶キれている)。
そもそも上村は良いと思って話を持ってきているので、余計に自分の考えを曲げようとしないのですね…
それはサイトの「火焔燃ゆ」(上村彦之丞と山本権兵衛)を見て頂いても簡単に察せられると思いますが、これは大変である。

それでも財部は、上村の行動は心からの親切心、知遇には感謝している、とそういった言葉を並べ続けています。
これ、自分しか読まない日記ですからね…

「財部は人が好く、決して人を悪意に解せず、善意に善意にととる」
そう言ったのは一時期財部の下僚であった豊田貞次郎です。
また他にも同様の財部評をしている人物がいる。

日記を読んでいると、確かにそうなのですね、この人物評。当たっている。
若い時からそうだったのだな…
というか、若い頃から人の好さは変わらなかったのだなと、色々な感慨がわきます。

もう少し財部にずるい面、上手く立ち回れる面があったら、ロンドン海軍軍縮会議はもう少し違う方向に行っていたのではないかなあ、なんて。
まあ、歴史にイフは禁物ではありますが。

とまれ、今回の更新は明治30年の前半期です。
続きはぼちぼち纏めてから、更に伊木壮次郎の話もそろそろ掲載したいと考えていますので、暫くお待ち頂ければ。
あと広瀬関係では更新したいページが結構あるのだよー…
交友関係とかさ。できているけど置いてしまっているので、それも更新したい…

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