青山霊園

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東京行きの続き。

思っていたよりも時間があったので、せっかくだったので青山霊園まで行ってきました。

いつも地下鉄外苑前で降りるのだけれど、広瀬武夫のお墓が目的なら乃木坂で降りた方がいい気がする…


というのも、地理不案内なのでうろつくからですよ!笑

うろついているからあちらこちらに歴史的有名人のお墓を発見できるのですが。

そして気がついたら広瀬のお墓に到着しているので、結局どう辿り着いたかが分からないのである…



青山霊園_1



こちらは野津さんちのお墓。道貫さんの方だったかな。

有名人の墓所には大きな記念碑があることが多いので、本当に分かり易い。



青山霊園_3



こちらは大久保利通の墓所です。

上の写真は記念碑。左側に鳥居が見えていますが、この奥が墓所です。

 


青山霊園_2



大久保利通のお墓。

紀尾井坂に行こうかどうしようか迷ったけれど、今回はそこまでの余裕はなかった。



青山霊園_4



こちらは川路利良の墓所。

この前みさわちゃんと「としよし」なの「としなが」なのどっちなの、という話になり…

司馬遼太郎から入った我らは「としなが」派(何やそれ)なのだけれど、「としよし」なのかな。

最近のは後者の呼び方しか見ない。

後醍醐天皇の皇子護良親王も、私は「もりなが」なのだけれど、今は「もりよし」ですね。

好きなのだ、大塔宮様~


鎌倉に行った時には必ずと言っていい程鎌倉宮に行く。

というか、鎌倉に行って鎌倉宮に行かなかった事は無い。

捕えられた護良親王が幽閉されたとされる土牢がある所に、明治天皇が命じて神社を作らせています。
それが鎌倉宮。

そうしたこともあってか、こちらには明治の陸海の将星、政治家の扁額や軸が沢山展示されています。

機会があればぜひお参りしてみてください。



青山霊園_5 



こちらは作戦の神様と言われた川上操六のお墓です。

岩手出身の東條英教(東條英機の父)は、薩摩出身の川上に非常に引き立てられた。

原敬とは同郷・同世代で、盛岡の出世頭でした。


陸大1期の秋山好古の同期ですね。

他には長岡外史、井口省吾、藤井茂太などがいます。

川上の死去後、東條は要職から外れていくのですが、川上が長生きしていたら、「薩長出身者は引き立てない」と言われた息子の代はどうなったかなあ…

気になるイフではありますな。



青山霊園_6



で、ぼちぼちぶらぶらしもって到着した広瀬勝比古と武夫兄弟の墓所になります。

松の木がー…!^^;

残念ながら仕切りがされており、これ以上は近づけません。

こちらからお参りした後、広瀬が下宿していたお寺に向かいました。


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