靖国神社

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久しぶりに参拝してきました。
戦歴調査を始めてからもう一度行きたいと思っていた所だったのだ…

大鳥居をくぐってまず見えるのが大村益次郎像。
(写真は中鳥居です)


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大きいですねー。
靖国神社の前身東京招魂社の設立に奔走したのが大村益次郎になります。


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中鳥居の前に据えられているのが大灯篭。
こちらの灯篭には銅版レリーフが嵌められていて、正面向かって右が海軍、左が陸軍になります。
写真は陸軍の方。


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ここにもいる広瀬武夫。
海軍側には日本海海戦の様子のレリーフもあります。
この辺りはサイトにも紹介していますので、お時間のある方はそちらもどうぞ。


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神社に併設されている遊就館。
左に見えている施設ですが、リニューアル後は右の施設での見学になっています。
建物繋がってるのかな?
靖国神社に祭られている英霊の遺品などが展示されています。

私、今回は見学するつもりはなかったのだ。
目的のひとつであった山砲は無料展示スペースだったような気がしてさー。
有料スペースだった。あら…


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無料スペースに展示されていた泰緬鉄道の機関車、キャノン砲、十五糎(センチ)榴弾砲。
山砲兵連隊は通常3個大隊編成。
内2個大隊は山砲を持っているのだけれど、1個大隊は十糎榴弾砲を持っている。
十榴と十五榴では大きさは多少違うと思うけれど、うーん、これは確かに分解して持って行けないわ…

山砲兵部隊、砲兵にしては足が速く歩兵に追従できるというのが一番の特徴だと思うのだけれど、これだけ大きいと確かに人力での持ち運びは難しいだろう。
作戦によっては置いていかれたり、臨時に山砲を持たされたりしているし。
どうしてこういう編成にされているのかが、よく分からない。


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そして四一式山砲。
四一式は歩兵砲としても利用されていて、これが改良されたのが四九式。
山砲兵部隊ではほぼ四九式を使っていた模様。

しかし思っていたよりも小さい!
車輪の一番高い所が、私の胸辺り位までしかない。
防楯もないし、砲架ってこんなもんなんだろうか。
放列姿勢の写真を見ると、もう少し長さがありそうなんだが。
射程は8キロ程度、初速は早くなく、真直ぐではなく弧を描いて落ちるので、これじゃあ落としたくても空飛ぶ戦闘機を落とすのは難しかっただろうなあ…
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