歴史秘話ヒストリア 原敬回

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歴史秘話ヒストリアの「平民宰相はなぜ殺されたのか 原敬の挑戦と挫折」を見ました。
いや、本放送後に友人からのメールで知ったの…
サイトの原敬関係のページの閲覧数が急激に増えたので、東京駅の話でもテレビで放送されたのかと思いきや、これだったのですね。

という訳で再放送の録画を見たのですが、NHKの歴史番組にしては、あら、意外とまともじゃない…(という感想)
(この手の歴史番組でも、NHKは往々にして持って行きたい方向に合わせて出来事を省いたり話を変えたりするので注意を要します)
出ていたのが季武嘉也さんか。おお、大御所…

まあ、ちょっと良く言い過ぎやなと思う所も、良い所しか言ってないなと思う所もあるけどさ、我田引鉄とか、与党政友会の汚職とか、ちゃんと触れていて良かったんじゃないですかね。
第1次世界大戦終息による大戦景気の収束、株価大暴落からの恐慌という、経済的に陰りのある中で行われた原内閣の積極政策が、当時どれほど大きな負担になったのかとか、利益誘導型政治の走りであったとかそういうのにも触れたらよかったのにとは思うわ。
その一方で海軍の軍拡もしているしね。よく国が潰れなかったなと思います、本当に。
ちなみに田中角栄が原とよく似た手法を採っています。


原敬


原はテレビで言っていた程、初めからあそこまで強く平民に拘っていたのかは疑問ではないかと思います。
20代で分家した際に士族から平民にしているのを見ると、色々思う所はあったのだろうと思いますが。
政友会に入る時に井上馨に爵位が欲しいと言っているのですよね。
明治33(1900)年に伊藤博文が作った立憲政友会は、出来た当初から多士済々でした。
原も結会時からのメンバーですが、当時は新聞社の社長。
そのまま入会しても唯の下働きになってしまうのではという焦りから肩書が欲しかったらしい。
井上には2回に亘り貴族院議員に推薦して欲しいと要請していますが、何らかの事情でそれは叶わなかった。
まあ、本人からの爵位云々の話はこの時だけだと思う。
あとはそういう話があると耳に挟んだ時点で全力で叩き潰していたようです。笑

そして番組で紹介されていた原の遺書でも、位階勲等の昇叙は受けない、という件が紹介されていました。
しかし原の死の直後に昇叙の話があり、遺された妻は原の意を受けて固辞しようとしたのですが、結局受けざるを得なかった。
正二位大勲位菊花大綬章。


IMG_5360.jpg 


今まで何度か書いているけれど、原は本当に現実主義者、リアリストだと思う。
・急激に物事を変える事には賛同しない
・既存のものと新しいものを織り交ぜて漸進的に変革を進めていこうとする
現実主義の政治家だと私は思う。
だから藩閥(山縣有朋)と手を組んで彼らを利用できるし、普選も急激には進めようとはしなかった。
季武さんも言っていたけれど、理想はブレない、しかしそれに向かって一気に進めようとはしない。
でもそういうのって、同時代人、特に民衆からは非常に分かりにくかったと思います。

大正10(1921)年11月4日、東京駅にて原は中岡艮一に刺殺される訳ですが、あれだけでは中岡の個人的な思い込みというか、政治腐敗に対する義憤が原因という事になってしまうのだけれど。
いや、それはそれで間違ってはないのだけれど。
間違ってはいないけれどさ、右翼だったとはっきりいやあいいのに、変な所で誤魔化す…
…あ?
今回の表題「平民宰相はなぜ殺されたのか」なんだよな?
これ曖昧にしたら意味なくね?


★サイトの原敬関係ページ
原敬の話
Odd Priority(伊東巳代治の話)【3】に原と山縣の話

まだあったのだけれど、もういいわ…
私はらけーの話結構書いてたんやな…(大好きなの…

***

・原敬のピンクのシャツ。
盛岡の原敬記念館に常設展示されているのですが、そちらはレプリカ。
2011年に憲政記念館で本物が展示されていて、私は初めて見たのですが、本当に何とも言えなかった…

・動く原敬
も、も、もう少し長めに写して欲しかった…!この数秒だけで見た価値がある!
これは何年か前に発見されていた映像かな?
当時の原敬記念館で上映されるとか、ニュースになっていた気がする。

・季武さんの本棚
眼を皿のようにして凝視してしまう。笑
『海は甦える』の1・2巻があって思わず笑う。
先生、5巻まで出てますよ…原敬しゃらんしゃらん歩いててとてもカッコいいですよ…
私この小説を読んで原に興味を持ったのだ。
出会いの本でした。笑
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