2月26日に寄せて

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御命日ですね。
世間一般的には御命日と言うよりは2・26事件の日だと思いますが、…やっぱり御命日だな…
皆さん既にご存知かとは思いますが、私斎藤実が好きなのです。
今更ですね。そうですね。

2・26事件で襲撃された方々については、今まで何度か触れてきておりますので以下からどうぞ。
昭和天皇の話以外はサイトに繋がっています(別窓)。

・斎藤実、高橋是清:弾丸は降り注ぐ雨の如く
・鈴木貫太郎:鈴木貫太郎の昭和 ・ 筋金入り
・岡田啓介:find out

***

今年は何となくスルーする気になれず、出てきたのはいいものの、特にネタがあるわけではない(あらー…
まあそういう感じですので、私の部屋にあるもので。


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なんじゃこりゃとお思いでしょうが。
随分昔に早稲田大学で開催された斎藤実展のポスター。
友人が「好きやろ?捨てるだけやし貰ってきた」という一言と共にくれた。
はい、好きです。


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よく出来たポスターだなと思う。
全面に写っているのは鏡で、その中に斎藤実の写真がはめ込まれていますが、下の方に写っているのは2・26事件の際の銃弾の跡です。
この鏡がこちら。


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現物は今でも斎藤の故郷、岩手水沢(現奥州市)にある斎藤実記念館で展示されています。
常設展示なのでいつ行っても見られます。
血のついた寝具や寝巻きなども展示されていて、何度行ってもあの前に立つと息が止まるんだなあ…
やっぱり青年将校の肩を持つ気にはなれない。

東京には高橋是清が襲撃された邸宅、その部屋も現存しています。
一度行きたいのだけれど、ちょっと行きづらくて未訪問。
赤坂にあった高橋邸跡には行ったのだけれど。
こちらは現在公園になっていて、銅像があります。邸宅は移築された。


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斎藤実揮毫。
同じものがなぜか2本ある(記念館で購入できます)。


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「満ちて溢れず、酌みて竭(つ)きず」
斎藤らしい言葉だなと思います。
(斎藤は酒豪なのでそういう点もあるけれど、こういう人物だなと思う)
皋水(こうすい)は斎藤の号ですが、「水沢」という意味です。


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斎藤の写真は沢山残っているのですが、孫の百子ちゃんとの写真がとても好きです。
一緒に手を繋いで歩いているのもあるけれど、あれもいい。
こちらは2・26事件の2日前、2月24日の撮影のもの。

操艦がとても上手かったそうです。
早くに見出して陸に上げてしまったので余り知られていないけれど、と山本権兵衛が言っていた。
豪傑のような風貌ですが、記念館に残っている兵学校生徒時代のノートの几帳面さにとても驚いた記憶があります。
非常に緻密な頭をした人であったようですが、とても大らかで温容な人物でもあった。

そして酒豪。笑
米内光政の友人八角三郎が叔父栃内曽次郎宅に遊びに行った時に、やってきたのが斎藤実。
夜の9時ぐらい。
お酒を飲み始めて足りなくなり、御女中が酒屋に走ったりで、引き上げたのが夜中の2時頃であったそうです。御前様当たり前。
若い頃は1週間ぐらい一睡もしなくも平気だった、50過ぎても4日位なら平気というぐらいの精力家。
このぐらいでないと大成しないものなのか…


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斎藤の妻は春子と言って、父が薩摩出身の仁礼景範であることは今まで何度か触れました。
海軍大臣経験者。
仁礼の長男は景一と言って、初め医者になるつもりだったのか米国留学しているのですが途中で方向転換してアナポリスに入っています。
何があった。
なんというか、割とトラブルメーカーだったのか、はっちゃけ系だったのか(笑)
芝紅葉館で上泉徳弥と大喧嘩になりかけたことも昔書きましたなー(これを止めたのが斎藤)。
そして財部彪の結婚披露宴に呼ばれて、新婦(山本権兵衛長女)を胴上げするという挙にも出ています。笑

上野の西郷隆盛像はツンという犬を連れていますが、ツンのモデルになったのが仁礼家の犬でした。
当時東京では薩摩犬がいなかったそうですが、それが偶然仁礼家にいてモデルになった。
遥かに後年、いい記念になったと春子さんが人に語っている。
西郷像を作ったのは高村光雲ですが、ツンは違う彫刻家になります。
地元の西宮神社の神馬を作った人なのだけれど、名前は忘れた。


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皇居の楠正成像の馬も同じ人の作
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