(13)戦況の悪化2:ガ島

(11)から続いてる。

前回はミッドウェー作戦、ミッドウェー海戦の話でした。

話というほどの話でもなかったですが。
攻守のターニングポイントになったのが海戦ではミッドウェー海戦で、陸戦ではガダルカナル島の争奪戦でした。



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その大規模反攻に最初に曝されたのがソロモン諸島のガダルカナル島であった。
ガ島を巡る攻防戦で日本は圧倒的な兵力と物量で攻め寄せる米軍に敵わず、海戦では制空権・制海権をほぼ奪われ、寡兵の上補給線を断たれた状態で行われた陸戦でも大敗。
約半年に及ぶ消耗戦で2万超の戦死者を出した末に、昭和18年2月に同島を撤退するという惨憺たる結果となった 。
ミッドウェーとガ島の戦いは日本の攻勢から守勢への転換点、日米の形勢を逆転させた大東亜戦争の転換点となったのである。


昭和16年12月8日に日米開戦
昭和17年3月~5月ごろ 東南アジア要域を掌握
昭和17年6月初旬 ミッドウェー海戦
昭和17年8月 ガ島の戦い 始まる
昭和18年2月 ガ島より撤退

調子が良かったのは戦争が始まってたった半年ほどでした…

南方作戦(第一段作戦)が予想以上に順調・好調に進んだこともあり、海軍が山本五十六に引きずられるような形で積極攻勢に出たことは(11)で書きました。
積極攻勢、つまりハワイとオーストラリアの攻略になります。

まあ、大陸志向としての陸軍としてはいい顔はしない。
それに陸軍のトップ・プライオリティは日中戦争の解決でありソ連対策であり、且つ南方作戦で占領した資源地帯の確保維持である。
戦線拡大は望んでいない。日本から遠いし…
第一どうやって兵站補給線を確保するの。
そうとは言え豪州が連合軍の反攻の大拠点になる可能性があることは陸軍も認めていて、米豪遮断、豪州を孤立させるということで、海軍と意見は一応一致した。

それで計画されたのがFS作戦(ニューカレドニア、フィジー、サモア攻略作戦)、MO作戦(ポートモレスビー攻略作戦)になります。
この2作戦の前に海軍が割り入れて来たのがMI作戦(ミッドウェー攻略作戦)でした。
同時にAL作戦(アリューシャン攻略作戦)も実施されていて、こちらはアッツ、キスカの占領です。
キスカの方は海軍中将木村晶福(まさとみ)が指揮した撤退作戦でよく知られている。

しかしながら、周知の通り、ミッドウェー海戦で連合艦隊は虎の子航空母艦4隻を失う大敗北を喫してFS作戦どころではなくなってしまった…
これは一時中止になります。


…の、だけれど。
FS作戦の一時中止決定以前に、既に海軍はソロモン諸島の中心・ガダルカナル島に米豪分断作戦に利用するための飛行場の建設を進めていたのですね。
日本軍の補給の伸びきった先、ガダルカナル島が連合軍の最初の反攻に曝されたのはこの為でした。
日本に分断される可能性に脅威を感じた米豪軍がガ島に上陸したのが昭和18年の8月初旬。
日本軍がほぼ完成させていた飛行場を奪取してしまった。


当時ガ島にいたのは飛行場建設のための設営隊約2500人と海軍陸戦隊の約250名ほどであったそうです。
上陸した米軍は約2万。
戦闘員少なすぎてこんなんどうしようもないわ。


20170208.jpg
(ガ島はラバウルの右下に見える諸島、右から2番目の島)


アメリカ軍のガ島上陸の一報が齎された時、参謀本部でガ島の名前を知っている人間は1人もいなかったといわれることもありますが、そうでもなかったようです。
海軍からはちゃんと連絡していた模様…。
しかしながら太平洋方面は海軍の担当という意識もあったので、陸軍側では周知されてなかったんとちゃうか。
というか、意識もしてなかったんとちゃうかという…

米軍についての大本営の意識は、堀栄三の著書からもよく分かると思います(リンク先はノモンハン事件の話です。ごめん)。
急拵えで従事する人間も少なく、自転車操業の米国班@大本営陸軍部…


日本軍はガ島に兵力の逐次投入を続け、最終的にはここで約3万人が戦った。
その内の約2.2万人が戦死しています。
敗因はさまざまに分析されていて、
・開戦当初の快勝のイメージが強く、連合軍は弱いと見くびったこと。
・連合軍側が陸海空の戦力を統合するという、日本軍の想像を飛び越える戦法に出てきたこと。
・圧倒的な物量、火力(重火器)の違い。

日本軍は得意の奇襲・夜襲の白兵戦(銃剣突撃)を行いますが、もうそんな手法が通じるような戦場ではなくなっていた。
ガ島に向かった第一陣・一木支隊(約2000人)が携行したのが2門の歩兵砲、機関銃8艇といいますからね。相手は戦車持ってきてるのに。
一木支隊は上陸3日程で全滅しています。

制海権も制空権も奪われ、即ち補給の道が完全に立たれた孤島での戦闘になるわけで、日本軍は圧倒的に不利でした。
日本兵は敵軍だけでなく飢餓とも戦うことになる。

兵站の研究はあっても、それを使う上の頭が全く進歩せず、また受け入れず、無能なんだと思う…
日本軍の兵站って「後方から補給を追送する」のではなく、「現地調達」若しくは「敵軍から奪取」なんだよね。
根本的な所に欠陥がある。
……欠陥もそうだし、人間性が欠如していると思う…

ガ島における戦死者2万人の内1.5万人は餓死・病死であったそうです。
藤原彰『餓死した英霊たち』(青木書店/2001)という本があってだな、これによると昭和15~20年敗戦までの軍人軍属の戦没者約230万人の内6割、約140万人が餓死・病死している。
大半が餓死。


どの戦場を見ていても思うのだけれど、日本軍は本当によく戦った。
日本兵はどの戦場でも本当に健闘、敢闘している。
どの戦場でも殆ど補給なんてなくて、兵器も天と地程の差があって、それでいて敵の心胆寒からしむる戦い方をしている。
これは戦場の悲惨さとかとはまた別の話として、称えるべきことだと私は思う。

つづく。

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かっふーん飛んでますね。かっふーん…
とうとうやって来たかー
これから暫く寝不足になるのと日差しも急激に強くなって来て頭痛持ちにはトリプルで厳しい季節です…
春は嫌いだ…orz
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