青蓮院

無鄰菴を退散した後はぶらぶらぼちぼち、青蓮院の前を通りかかる。


青蓮院


青蓮院は幕末、薩摩藩と関わりがあって上京したての中村半次郎(桐野利秋)が守衛していました。
青蓮院と言うより青蓮院宮と言った方がいいのか…
そういうこともあって、この付近に行く時はつい前を通る(笑


青蓮院


大きな楠で有名です。樹齢約800年ほどだそうで。
800年前というと1217年かあ…
承久の乱(1221年)の少し前ですねえ。まだ北条政子が生きていた頃だ。
(大河の主人公として未だ取り上げられていないのが個人的には不思議)


青蓮院


写真には門跡とありますが青蓮院は門跡寺院。
門跡寺院とは皇族や摂関家の子弟が住職としていた寺院のことで、青蓮院の他にも仁和寺や妙法院などがあります。

御室(おむろ)にある仁和寺には宇多法皇がいたことから御室御所とも言われていました。
また、平経正(清盛の甥、敦盛の兄)は幼少時、仁和寺の覚性法親王に稚児として仕えていました。
この時代の寺院で稚児というと100%アーッ!(…)ですが、それはさておき(サイトの「君とぼく」をどうぞ)(丸投げ
敦盛は笛「青葉」で有名ですが、経正は琵琶の名手であったとされ、法親王より「青山」という琵琶の名器を賜っていた。
「平家物語」には平家都落ちの際、経正が青山を返しに仁和寺を訪れたというエピソードがあります。
経正には兄弟が何人かおり、彼はその一番上。
何番目かが経俊、末の弟が敦盛になります。
3人とも一の谷の合戦で戦死しており、縁の碑や塔が神戸には点在している。
経正は琵琶塚、経俊は鎮守稲荷神社、敦盛は須磨寺(リンクはサイトの史跡紹介です。須磨寺はまだ更新してなかった…^^;
ちなみに御室発祥であったからオムロンです(笑)


青蓮院


青蓮院では何年か前に青不動(国宝)が公開され、拝観しに行ったのですが本当に綺麗で驚きました。
本当に平安時代に描かれたものなの?と驚く位、それほど綺麗に色彩が残っていた。
しかも展示施設ではなくお堂で、少し遠かったけれどガラスを通さずして見られたのが嬉しくて、とても印象に残っています。

今回は中はどうしようかな、寄って行こうかなと迷ったけれど、時間を見ると1時20分…
まだ祇園天周のランチに間に合うと思って青蓮院には寄らず(笑)、知恩院の前を通って伊藤博文縁の長楽館を遠くから眺めて円山公園を通り抜け、穴子丼を食べて帰ってきました。んまかった。笑

訪問したのが11月17日、中岡慎太郎のご命日だったので霊山に行くかどうか迷いもしたのだけれど。
霊山では坂本龍馬と西郷隆盛関係の特別展をしていたのですが、展示品のラインナップ見てやっぱりやめるのであった…
要するに食欲が優先された秋の京都でござった。笑

***

10月から土曜日もベターっと仕事に出続けです。
今日で一区切りでしたが流石にしんどい。しんどい…(涙
その中でやっとやってきた潤い!B’zのアルバムだー!やっほーい!
 
 
20171202
 
 
後ろにイラワジ戦記とか見えていますが。
うん、軍歴調査、何か楽しみというか、色々と心の支えがないと辛い(真顔)
そして広瀬武夫が恋しい。明治に戻りたい(笑

今回はライブに2回行くことにしました。
大ラス1回でいいかなと思っていたのだけれど、その頃ちょうど安室ちゃんの引退ニュースが出回ってだな、要するにちょっと怖くなったのだ。
あれだけ若く見えても松本さんも稲葉さんももう50歳越えてるからなあ。
行ける時にはライブを堪能しておきたいなと思って。

そして引き続き「昭和天皇と周囲の人々(主に明治)」が非常によく読まれています。
…何があったのかな…怖い…(チキン
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