無鄰菴(山縣有朋の別荘)(2)

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山縣有朋_無鄰菴


京都にあった山縣有朋の別荘、無鄰菴(山縣有朋の別荘)。
現在は京都市の所有となっています。
平安神宮と南禅寺の間という、割と行き易い観光地なのだけれど人少ない。笑
一応国指定の名勝庭園なんやで。


山縣有朋_無鄰菴


木に隠れて分かりにくいですが、上写真の左側、日本家屋に隣接して2階建ての洋館が建っています。
こちらも内部の見学可。


山縣有朋_無鄰菴


1階の入り口。
所有者であった山縣有朋や無鄰菴の庭園や管理の解説などがされています。
こちらの内部は煉瓦が剥き出しになっていて、しかも住居部分に不釣合いなこの扉。土蔵なの?笑
倉庫として使われていた部屋だったのかなと行く度に思います…(調べたことはない


山縣有朋_無鄰菴


入り口のすぐ右側にある階段を上ります。


山縣有朋_無鄰菴
 

上がりきった所に2部屋。
左側から。


山縣有朋_無鄰菴


保護のために証明が落とされているので、室内ほぼ真っ暗(笑
正面に見えているのは山縣が使用していた椅子。書見台がついている。


山縣有朋_無鄰菴


後ろで煌々と光っているケースに展示されているのが、


山縣有朋_無鄰菴


火入れと灰吹き。煙管を使っていたのか。

山縣有朋_無鄰菴


硯箱。
京都で見られる遺品は数が少なくて、本当にこれくらい。
昔はもう少しあったのだけれど…(といっても1・2点ほど)
遺品の多くは矢板の山縣有朋記念館にあります。
そして次の部屋。


山縣有朋_無鄰菴


この部屋に山縣、伊藤博文、桂太郎、小村寿太郎が集まって日露戦争前の対露外交方針を決定したそうです(明治36年4月21日)。
へー。


山縣有朋_無鄰菴


この部屋の障壁画。
この保護の為に落されているようです。


山縣有朋_無鄰菴


格天井(ごうてんじょう)になっている。
黒地(漆?)に金で、日光が入ったらきらきらで綺麗でしょうね。


山縣有朋_無鄰菴


日本家屋も見学しましたが、こちらは写真撮らずに終わった…
「無鄰菴」の扁額が見たくて探したのだけれどなく、受付で尋ねたら現在修復中だそうで。

春に帰ってきます、とのことでしたが、残念だなー。
まあ、また来ると思うし、その時で。


山縣有朋_無鄰菴 


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日曜日からはこのブログの昭和天皇の話、昨日からはサイトの井上馨が作るメシがまずい話(笑)がめちゃくちゃ読まれています。
昭和天皇の方はよく分からんのだけれど、メシマズ(こら)の方はとある掲示板の美少女ゲーム板にリンク貼られたことが原因のようで。
特に問題ないので別に構わない。そして楽しんでいただければ幸い。
しかし美少女…?ゲーム…?と思って見てみると、近代の政治家の名前を微妙に変えて美少女にしたゲームがあるようで。お、おう…^^;
い、いろんなもんがあるんやな…

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