150*坂本龍馬

今日は坂本龍馬のご命日なのですが、今年が没後150年になります。
幕末に興味を持ったのは長州(高杉晋作)からでしたが、面白いなと思ったのは司馬遼太郎の『竜馬がゆく』でした。
子供には長州の政治事情は難しかった…
『竜馬がゆく』から入って、土佐に興味を持ったかと言われるとそれが別にそうでもなく。笑
やっぱり長州が好きだったのですよ。


土佐は土佐勤王党の救われなさが暗くて好きではなかった。
武市半平太があまり好きでないというのもある。
土佐の志士を見ていると藩内の身分制の激しさと藩の後ろ盾のない中で活動する悲哀というか、悲愴感がすごいよね。
坂本龍馬と行動していた人たちからは、不思議とあまりそういう感じは受けないけれど。
池内蔵太は大好きです。何で船沈んだの…

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龍馬繋がりでは最近以下のような記事が出ていました。

日経新聞(2017/10/30)
坂本龍馬、桂小五郎に敗れる 「幻の剣術大会」新史料か(別窓)

これあれですよ。色々と変遷が…
龍馬は本当に剣豪だったのかという話ですわ。
下の写真に写っているのは「北辰一刀流長刀兵法目録」。なぎなた…
この目録、私の中ではそもそも土居晴夫さんから始まっていて、それがこれ。→ absence(サイト)
土居さん(坂本龍馬の甥の孫/龍馬研究家)曰く、
「坂本龍馬は長刀の型の目録をもらっているのに、これがいつの間にか剣術の免許皆伝に⇒幕末の剣豪に」

そうしたら2015年にこの目録が出てきた(2000年以降行方不明であったそうです)。
それが下写真で、去年の没後150年 坂本龍馬展@京都国立博物館で展示されていました。
買った図録を見ると解説にははっきり「長刀の免状」とある(笑
確かに剣術じゃない。
長刀と剣は全然別モンだぜ…
しかし下の新聞の「龍馬の強さ 本物だった」という見出しを見ると剣豪だと思うよ。
(ただ下写真の史料は千葉道場の千葉定吉の発行で間違いないようで、余計にややこしい)


没後150年 坂本龍馬展@京都国立博物館 


その上でのこれですね。
坂本龍馬、桂小五郎に敗れる 「幻の剣術大会」新史料か

坂本と桂が安政4年3月、江戸の土佐藩上屋敷で行われた剣術大会で対戦し、2対3で龍馬が敗れたと記録してある史料が群馬県立文書館に保管されていることが確認されたという話。

この史料を調査されたあさくらゆうさん曰く(上記リンクより)、

「近年は龍馬の剣術が特に優れていたとする傾向もあるが、小五郎には負けたとある。
イメージではなく、本当の姿はどうだったのか考えていくことが大切だ」


>近年は龍馬の剣術が特に優れていたとする傾向もあるが

恐らくこの長刀の兵法目録に関してのことではないかと思われますが、マイルドに書かれてはいるものの龍馬ファンにとっては冷や水を浴びせるような一言でしょう。笑。


>イメージではなく、本当の姿はどうだったのか考えていくことが大切だ

そしてここですね。
全面的に賛同します(今まで何度か触れていますが私の広瀬武夫調査のスタンスもここにあります)。
後世の人間のこうあって欲しいという希望と小説的イメージに引きずられ過ぎるのもどうかと思う。

そういう事もあり以前磯田道史氏が大河ドラマに板垣退助をとか言っていたのを見てドン引きしたのですよ…
この方板垣のこと本当に知ってるのかしら。
カッコいい所も沢山あるし、純粋で悪い人ではないけれど、それが政治家として評価されるかと言われたらまた別の話である。


大隈重信も同様である。
大隈扱うなら、日本初の政党政治(大隈板垣の隈板内閣)のグダグダで、国民に「政党=党利党略しかない」という印象を国民に植え付けたことにも、対華二十一箇条の要求で日本を国際的な危機に追い込んだ事にも触れろよ(といつも怒りを覚えるのであった…


都合の悪いことに触れないまま、こういう人がああいうことを言うと、本当に信じる人が多いので困る。

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