軍歴証明書ノート(7)

山砲兵


こんばんわ。
最近眺めながら励みにしている写真と共に登場です。
我泣きぬれて蟹とたわむる(どれだけ辛いねん

やっと中国での話が終わりました。これから南方戦線。最大の難関。
否が応でも気が重くなる。致し方なし。

中国戦線を見ていて色々と思う所はあったのだけれど、祖父のいた部隊は結構大規模な作戦に参加していたのだなと改めて思います。
第1次・第2次長沙作戦、浙贛(せっかん)作戦、江北殲滅作戦。

長沙作戦は祖父がいた山砲部隊が配属されていた歩兵連隊が亀川文夫連隊長率いる歩兵第236連隊で、『長沙作戦』を読んでいる時はピンと来ていなかったのだけれど、あ、あの豹を飼ってた部隊だったか!…と『華中作戦』を読んでいて繋がった。

豹を飼っていた部隊というのは、高知編成の歩兵第236連隊第3大隊第8中隊のこと。
拾った乳離れもしていない豹の子供を、ハチと名付けて部隊で大切に育ていた。
放し飼いにされていたのだけれど、街に行く兵隊の後をとことこ着いて回って、現地の中国人を驚かせていた。
そらびっくりするわなー。
亀川連隊長もこの豹は人に危害を加えないからと部隊に帯同を許していた。

ただ浙贛作戦を前にそれが無理になり、上野公園に送られることになるのだけれど、当時日本国内の食糧事情は非常に厳しいものでした。
そして空襲で猛獣が逃げ出したら、という懸念もあり…
動物園の動物たちは、周知の通り悲しい最期を迎えることになります。
ハチもその中の1匹。

当時祖父がいたのは山砲兵第40連隊第1大隊第3中隊で、この中隊は歩236連隊の第2大隊に配属されていたのだけれど(歩兵連隊と山砲兵大隊、更にそこから歩大隊と山砲中隊というコンバットチームを組んでいた)、じーちゃんハチに会った事あったのかな。
飼っているからかわいいし怖くないけど(犬と同じ感覚か…)、他所から見ると結構怖いぞ。笑


20171020_2.jpg
(荒れてきた…)


『長沙作戦』の著者は長沙作戦の当時、歩236連隊所属であった新米少尉で、しかも作戦の時は連隊本部附き。
第2大隊の細かい話も沢山出ていて、ということはイコールで山砲兵第3中隊の動きもそのままトレースされるということで、これは凄く凄く助かった…
私の頭では戦史叢書だけでは到底無理。

そして専門用語が分からないのは辛い。
段列という言葉が、本で見てもネットで調べてもピンと来なくてだな…
後方援助ということは分かったのだけれど、それは輜重では?兵站では?
とにかく後方援助らしい。
その程度で認識していたのだけれど、山砲兵連隊の組織図を見ても、中隊にしかついていなかったり、でも連隊段列、大隊段列、中隊段列という言葉があって、???^^;
戦友会誌を読んでいて、自分の認識と実態に大きな差があることに気付いて、ハッと思い至る。

『大日本兵語辞典』見ればいいじゃん。

お陰さまでまあまあクリアーになりました(はっきりとクリアーではないというのが)。
本職(陸軍将校が作った大正10年刊行の辞書)の知識に勝るものはない。
私、段列の意味を広義に捉え過ぎていた。

主として砲兵部隊に関して使う言葉だそうで。
山砲や野砲をぶっ放して、弾丸が無くなった時にその補充をする、また戦闘中に必要なものだけを携行する機関の事だった。
中隊で弾丸が無くなったら、連隊か大隊(多分)に貰いに行ってまた戻ってくる。
そら歩兵と違うから弾の補充はいるわな。
そして砲兵はチームで砲の操作をするので、死傷で砲手が減ったらその場で人間の補充もされる。
そういう時にも段列員がそこに補充されるという仕組みだったらしい。
ついでに『山砲兵須知』も読みましたよ…
まさかこんなもん読む日が来るとは思ってなかった。

***

テンプレートを新しいものに変更しました。
レスポンシブルデザインのものをお借りしたのでスマホでは見やすくなると思います。
あとサイドバーはぼちぼち触っていけたらと考えていますので、若干不具合が出ていますがご容赦を。

続きに拍手の御返事があります。


>10/17 橋兵衛さん
こんばんわ。平安ライフを読んで頂きましてありがとうございます。
あのページは調べるのが大変でしたので、面白く読みふけったと言って頂けると私もとても嬉しいです^^
参考文献も上げていますが、こちらも面白い本ばかりですので、ぜひ当たってみてくださいませ。
コメントありがとうございました!
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