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14 2016

今日の財部日記(2)

 ~前回までのあらすじ~

明治30(1897)年6月末にイギリス留学の辞令を受けた財部彪(31)。
辞令書が所属部署?の旗艦松島の停泊地に届けられていたため、それを取りに横須賀へ。
念願の留学(多分)叶ってほくほくして帰宅した所、思わぬ事態が勃発。


はい。
ということで7月2日に辞令書を松島まで取りに行き、相浦紀道常備艦隊司令長官、上村彦之丞参謀長らとお昼を共にして帰ってきた処で起きた騒動(?)です。


本日留守中有信館ノとみ女ヨリ来状セル由ニテ
妻之ヲ開封シ意外ノ破談ヲ生セントセシモ
妻ノ判断先誤ニ〇リシタメ太シタル事ニ至ラズシテ完結セリ

IMG_1990.jpg


旦那の留守中に女から手紙が来た。


ちょっと読めない所があるのだけど、イネちゃんとりあえず旦那宛(だろう)書簡を開封した。
喧嘩になりかけた(なってるか…)という辺りで書簡がどんな内容だったか、大体の想像がつくわけです。
旅館の女の子に手を付けたか。笑

大したことなく終わったとあるので、なんとか誤魔化したんですね、これ。
誤魔化したというか丸め込んだか。笑

そしてこの話はこれで終わったのかと思いきやそうではなく、
財部は2日後に有信館のオーナーか支配人かに手紙の内容について確認をしに行っている。
そこで心配するようなことはないという「明證ヲ得テ大ニ安神セリ」(4日)。
うむーこれさー…
生理止まってる的なことが書かれていたのでは…^^;

そしてその3日後、上村彦之丞(※仲人)がやって来たよ!やだ怖い!(笑)
財部の「私行上ノコト」(7日)について心配してやって来た。
いやーん!TSU・TSU・NU・KE!
ごめん財部君、私笑いしか出ない!(笑)
そして尋ねてきた上村さんに財部は「思切テ昨年十二月頃ノ失行ノ事抔ヲ打明ケ咄セリ」。

12月頃の失行。

うわー残念だわー私3月分からの日記しか持ってないわー(笑)
…あ、でも12月だったら7月に寄越した書簡で生理止まったはちょっと変か?^^;
上村さんに打ち明けた後この話がどうなったかの記載はないけれど、財部も一連の事について問題はないことを話しただけ、上村もそれを聞いただけで終わったのだと思う。

明治29年の12月頃の出来事なら、まだ結婚の「け」の字も出ていない時期ですよ。
しかも財部君まだ30歳ぐらいの独身。
上村も海軍さんですから海軍士官のチョンガー(笑。一応海軍隠語)の生態はよく知ってるだろう。笑
まあそんなこともあるだろうなとか…
掃いて捨てる程そんな実例も知っていただろうし。

でも旅館の女の子っちゅうのはどうなんだろう。
海軍では素人さんに手を付けるのは厳禁、遊びは玄人とのみ(逆に結婚は素人とのみ、玄人とは厳禁)。
とみちゃんは恐らく有信館の仲居若しくは女中だと思うのだけれど、これギリギリセーフ…なのかな…

とにかく笑ってしまった財部冷や汗の出来事でした。


財部は8月5日に東京を出発、横浜発のコプチック号で一路アメリカに向かっています。
この出発の前の晩に夫婦喧嘩が勃発しているのですが、丁度日記空白期間で何が原因かは分からない。
女から手紙事件から既に1ヶ月が経過しているし、その間日記に記述もないので、この件ではないだろうと思うけど。
しかしこれから何年か帰ってこないっちゅう一緒にいられる最後の晩に夫婦喧嘩って。


ちなみに財部と旅程を共にしたのは米国留学の秋山真之と英国留学の小田切延壽(機関科士官)。
同船には日本人が4人しかおらず、もうひとりは外交官補坂田重次郎でした。

そう言えば秋山が船旅で詐欺に遭う事件があったなと思ったのですが、あれは帰国時やったわ。
なんか怪しい三人組がいるという話が日記に書いてあったのでもしやと思ったけれど違っていた。

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