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12 2015

相違

前回の。

×諸先輩に相談した後、向井弥一と広瀬武夫を訪ねるもふたりとも不在^▽^;
諸先輩に相談した後、向井弥一と広瀬武夫を訪ねるもふたりとも不在^▽^;

諸先輩に相談してない!いきなり向井と広瀬だった。
縁談持ってきた上村彦之丞から逃れるために(笑)
「とりあえず先輩に相談してから」
と言ってピンポイントで向井と広瀬に会いに行ってた!(笑)

しかしこれ…向井と広瀬がマジいい人なのだけれど…

ただ一般に知られている話と全然違う点がありましてね。
この話、恐らく『ロシヤにおける広瀬武夫』に描かれていることが実際にあったこととして受け止められていると思う。
でも実際にはかなり違っている事が今回判明しました。

向井と広瀬、確かに財部の為に動いている。
でも山本権兵衛宅には出掛けてないわ。
しかも『ロシアにー』で描かれていた時期、明治30年正月になっているけれど実際には4月。
この正月っていう話、実はずっと気になっていたのです。

何故かというとね、時期について書かれている資料、実はひとつもない。
何を根拠に島田先生、正月にしたんだろうとはずっと疑問に思っていた。
執筆の際に読める関係者の史料は全部読んだと書いてあっただけに、当然ながら財部日記もその範疇にあると思っていましたが、読んでなかったんですかね(読んでいたけど、の可能性もあるけど)。

『ロシヤにー』、実は細かい点でちょこちょこ間違いがある。
でもこれは細かくないで。
広瀬武夫の話にも非常に大きな影響が出る。
何でかというとね、広瀬は明治30年3月初旬に軍令部異動(留学準備の為)になっている。

ご存知の方も多いと思うのですが、広瀬のロシア留学の際、この財部の縁談は必ずといって良いほど出されるエピソードです。
それはこういう流れになっている。

 財部の縁談を山本本人に抗議→山本に一目置かれる→軍令部異動・留学生仮選抜の一助に

しかしながら実際には

 軍令部異動・留学生仮選抜→財部の縁談のため尽力

順番がスイッチしたら話の前提が狂ってくる。
狂うどころか山本宅に赴いてもいないという。
話自体がなかった。帝人事件か。

昔からこの人柄エピソードで選抜されたというのは…
①そんな理由で多額の予算をつけて国外に送る人間を選抜するとは到底思えない。他に実績的な理由がある筈
②広瀬に失礼だと思う
と云い続けてきましたが、個人的には合ってたなと思う。
これ以外にも山本がロシア派遣の留学生候補として広瀬に注目していた資料も、実は見つけているので。

ひとつの本に引っ張られすぎるというのは、やはり問題がある。


***


しかし当惑して相談してきた親友の縁談をぶち壊そうと動く向井弥一と広瀬武夫。
30歳という若さからくる行動力(と義憤)もあると思うけれど、打ち震えるわ。
下手したら自分も上から悪感情持たれる可能性のある話ですよ。

出世も棒に振るかもしれないし、広瀬自身、結構微妙な時期なのです。
軍令部に異動したものの、特に何もしてない時期。
軍令部長から暫くぶらぶらしてていいよとか言われて、「え?」みたいな。
軍令部に出仕しているけれど、どこの課にも所属していない。
多分留学させて大丈夫かどうかの様子を見られていた、そういう時期。

そんな中で、向井と一緒に本当に尽力してくれた。


向井広瀬両氏ノ真実ナル友情ニハ実ニ感激ノ外ナシ


財部彪はこういう風に書き記しているけれど、これは本当にそうだったと思うし、そうだと思う。
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広瀬武夫 向井弥一 財部彪 山本権兵衛 上村彦之丞

6 Comments

object  

お久しぶりです(^_^;)
最近、季節柄かもしれませんが、かなーり多忙でした。

何時もながらの史料批判、流石です。
前回今回のページ共、笑いながら読ませていただきました。
クラスの友情というのはいいですね〜、それにしても

今、水交会の会誌を一号から見ているのですが、昭和27年、28年頃の記事にはまだ古い将官も投稿していて読みながら幸せな気分に浸っております。
海兵15期の方も出てきていたので、まだそういう方々もいらっしゃったんだなぁとつくづく生まれる時を間違えた気分ですw

2015/12/14 (Mon) 11:11 | EDIT | REPLY |   

ヒジハラ  

>objectさん

こちらこそご無沙汰しております。
忘年会シーズンですものね(笑)

いや、私もちょっと笑ってしまうのですが…(笑)
相談の度合いは少なかったようですが、このふたり以外のクラスにも相談していたり。
クラスの繋がりは本当に思いの外強いです。

昭和27・8年でもご存命の方がおられるんですね!
財部が24年、竹下勇が21年で亡くなっていて、これでもかなり長生きな印象を受けるのですが、その更に上ですか…
ち、ちなみにどなたですか?^^;

2015/12/15 (Tue) 07:14 | EDIT | REPLY |   

object  

水交の昭和28年度の、号数を失念してしまいましたが、浅野正恭中将が投稿しています。
全体的には30期から55期くらいまでの方々が中心に投稿しているような紙面ですから印象に残ってます。

2015/12/15 (Tue) 11:05 | EDIT | REPLY |   

ヒジハラ  

>objectさん

おー、浅野正恭ですか。長生きだったんだ…
他の方が30~55期だと確かに飛びぬけて古株ですね。
確かに印象に残りそうです。
それにしてもその当時で紙面に載せるものを書ける元気があったのかという。
明治大正も、もう当時ではかなり遠い世界になっていたでしょうし、今の内に昔の話を聞かせて欲しいと思われた方も多そうですねえ…

2015/12/15 (Tue) 19:55 | EDIT | REPLY |   

object  

帰宅して確認したところ、昭和29年3月15日の水交第9号に記事がありました。
失礼しました。
内容は昔の思い出話と称して5インチ半砲の採用過程について記述しています。短い記事です。
他に面白い記事としては37期の寺沢市太郎が出雲乗組になった際に艦長だった秋山真之のエピソードなんかもあります。褌の話ですw
とりあえず、浅野中将の記事はコピーしていましたのでメールにて送ります( *`ω´)

2015/12/15 (Tue) 22:03 | EDIT | REPLY |   

ヒジハラ  

>objectさん

わざわざ御確認頂いてありがとうございます。
お手数をおかけしまして。
しかし昭和29年!87歳ですね。
浅野、有終の方でもちょこちょこ寄稿を見かけるのですよ。
文を書くのが好きだったのか…

伝記で読むのとはまた違う印象があって、昔話って本当に面白いですよね。
『小柳資料』でもそんな感じでした。
受取り手によって人物の印象に違いが本当に出るのがなんとも(笑)

2015/12/15 (Tue) 22:21 | EDIT | REPLY |   

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