Para Bellum

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16 2015

ボイス

明日で6・連・勤!連休なにそれおいしいの。
流石に辛いわー^^;
そろそろ休みたい。
水曜日が大変な仕事のピークであったのだよ明智君。
昨日は朝起きられなかった上に夜は寝たの9時過ぎだよ!子供か!(笑)

それでも毎日1時間ほどは広瀬には触れてます。潤いが必要だわ…(潤いなんか
朝5時起き、5時半頃までお弁当作って6時過ぎまで犬の散歩、7時頃から8時頃まで広瀬タイム。(←笑)
頑張ってる方だと思う。
資料や史料を見たりぼちぼちやっとるわけですが、よくよく見れば手持ち史料から広瀬の同期の写真を発見したり、以前見た時とはちょっと感じ方が違ったりするようなものがあったりするのですよ。
偶に見返すのもいいと思いながら、溜めすぎた資料整理を進めてます。

増えすぎて管理から漏れているものちらほら出てきたり、必要事項のデータ転記を怠ったりしてたからなあ。
見直しの中で新しく気が付いたり今だからこそ分かることもあるので、それはそれでいいかな。
そして今朝は加藤寛治の証言を読んでやっぱり笑ってしまった。

広瀬関連は私にしては割と丁寧に記録をつけている方なのですけど、その他がねー
『米内光政追想録』とか出てきてそういやそんなんあったわ…という…(笑
でも広瀬の他迄はもう手が回らんわ。


広瀬と2度の旅順口閉塞作戦を共にした栗田富太郎という人物がいます。
この栗さんが広瀬の声について遠方に通る高調子と言っているのね。
『坂の上の雲』でも甲高い感じで描かれていたと記憶しているのですが、恐らくこの栗さんの証言から来ている。
ただ今回あれこれ資料を雑多に見ていたら、この栗さん証言を含めて4・5件の声についての話を見つけた。
随分前から見ている資料たちだから見付けたというのも変な話だけど、「あ、皆結構同じこと言ってるのね」という改めてそこに気付き。
その証言、

・声が大きい
・細く強い
・立つ声(甲高い)

と大体共通していて、要するに声は高めで大きい。
私が持っていた勝手なイメージはテノールではなくてバスだったのですよね。
だってこの顔


広瀬武夫、栗田富太郎  左)広瀬、右)栗田富太郎


テノールに見えない(笑)
なのでちょっぴり意外な感じが…
大声というのには超納得だけど。笑

近代は写真や映像や音声が残っているという点、本人を確認できるという点が他時代とは一番違う。
広瀬の場合は写真しか残っていないけれど、声ひとつ取っても探せばそれなりに証言があるのだなというそこに改めて驚き。
人となりに関してなら伝記の残るような人物ならそれなりにあると思うのですが、声とか、普通過ぎて中々ないように思うのですよね。
それだけ特徴的だったんだろうなあ…

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広瀬武夫

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