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14 2014

余滴(1) 伊東巳代治の話

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この話は4回シリーズです。すでにサイトに纏めて移行済み。
そちらの方が読みやすい。
題は Odd Priority に変わっています。

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今日明日は昨日までの話で省いたものを余滴として更新します^^
今日は「優先順位がおかしい話」で省いた伊東巳代治の話。

●伊東巳代治

伊藤博文好きとしては避けて通れないのが伊東巳代治。
伊藤に限らず大正から昭和にかけての政治史を知るには避けて通れないのが伊東巳代治。

明治30年位までだけを見てたらね、カッコいいんだこれが。
才気煥発って感じで。掛け値なくイケメンだし。
イケメンというか、麗しい。笑。
ただやっぱり大正~昭和でやってる事を見たらね…うん…

巳代治についてはジョージ・アキタの「伊東巳代治論」が面白い。
ここまではっきり書いてあるものは他に見た事がないなー。
ぶっちゃけると初見、笑った。
伊東がなぜ政治的に孤立して行ったのか、そのいくつかの性向が浮き彫りにされてます。

私は巳代治は自分の利益ばかりだと書いたけれど、それは本当にそうで、特に金銭・蓄財への執着がすごい。
しかもその公私の境が曖昧。
山縣有朋はそうした巳代治の金銭に汚い点、そしてステイタスへの執着を軽蔑していた節がある。


http://blog-imgs-59-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/miyoji.jpg


多分山縣に限らず、という感じだと思うけど…
明治政府の元勲元老といった高官たちは、下級とはいえ武士階級の出身です。
以前勝海舟の事を書いた時に、”武士はお金の計算は賤しいものだとして遠ざけていた”ということを書いたけれど、まだそういう感覚は生きていて、
「これだから平民出身は…」
という感じで見られていたみたいですな。
巳代治は長崎の平民出身。
平民出身でもそうでない人は沢山いただろうけど、酷過ぎたんだろう。

ついでに言えば平民宰相と言われる原敬は南部藩(盛岡藩)の家老職の家の子。
上級武士の出身です。
公家出身の西園寺公望を除いたら、彼以前の首相の中では一番良い出自だった。
身分が平民というだけで実際には平民とは程遠く、そうした感覚は山縣よりも鋭かったと思われます。

巳代治は明治30年代の伊藤博文の失脚画策に関わった事を書きましたが、
山縣からすれば、その伊藤博文の事があってもなくても、巳代治を信用するということには到底ならなかったと思う。


アキタ氏曰く、
巳代治が疎遠になった人々の名簿は「近代日本の政治家名鑑をみるにも等し」く、
彼は上司同輩下僚を問わず「意義のある関係を維持することがまったくできなかった」。
密接に関係している政治家を悪しざまに罵り軽蔑し、頼ってくれた軍人や官僚を非難し、友好関係にあった政治家にもまた非礼をする。
急速に仲良くなるが、急速に疎遠になる。
巳代治の他人攻撃は、その欲深さと相俟って、徳義に欠け、信ずるに足りない人物との非難を招くこととなった」。
誰かが巳代治との関係を持っているのを見ると、「観るものはその関係を異常とみなしがちであった」。

山下亀三郎が知人から忠告を受けたことを引用したけれど、それが普通のリアクションだったみたい。

良い方に転べば、本当に太字で特筆すべき政治家になった人物だと思う。
良い方に転べば。

(ここまで書いといてなんですが、私がここまで悪く書くのは珍しい)


※ジョージ・アキタ 「伊東巳代治論 ―不成功に終わった政治家の生涯」
 (『日本の歴史と個性 下』 A.M.クレイグ他編・本山幸彦他監訳/ミネルヴァ書房/1974)


***


寝正月したいとか言ったから連休は家から一歩も出(られ)ない事になったんでしょうか。
なんだろうこれ…
こ、言霊?^^;
久々に家から出たら外は滅茶苦茶寒かった。(と言っても地元の寒さなんてきっと多寡が知れてる)

結局細川さん都知事選に出るんですね。
世が世なら熊本藩のお殿様っていうより、あー流石近衛文麿の孫ですねっていう印象の方が強かった。
あのあっさりした総理大臣の辞め方に上流階級特有の執着のなさを感じる。良くも悪くも。
しっかしすごいよね。
家系を遡れば近衛文麿、細川幽斎(息子の妻がガラシャ)、細川政元でしょ?
いやー三管領の細川氏といえば清和源氏、源義家ですよ。
先祖が八幡太郎。
すごいよね…

八幡太郎と言えば、平泉関連で訃報を見ました。
平泉研究の第一人者のひとり、大矢邦宣さんがお亡くなりに…
私の部屋にも何冊か著作があります。
現職が平泉文化遺産センターの館長さんで、世界遺産登録にも随分尽力されたそうです。
去年か一昨年だと思いますが、末期がんだということは何かのニュースで見ていました。
残された命を平泉研究に捧げたいという事を仰っておられた。
ご冥福をお祈りいたします。

そして個人的にはたかじんの訃報もショックでした。
好きだった。帰ってくるの待ってたよ…(;△;
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