Para Bellum

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26 2014

パラべラム ~ 堀悌吉(4)

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この話は19回シリーズです。
サイトに纏めて移行済み。そちらの方が読みやすい。
サイト > WORKS > 歴史話 > 近代MTS > 明治~昭和 よりどうぞ。

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NHKの山本五十六特番の再放送ですが、8月30日の午後2:00~3:50にあるそうです!

BS1 山本五十六の真実 (別窓、外部リンク)

もう少し後かと思ってた。危なかった…^^;
MVさんありがとうございます。

「パラべラム」の続きはサイトに持って行くかと思ったのだけれど、それだけ再放送が近いならブログでちまちま更新する。
堀さん傑材なのに山本五十六の親友というレベルでの紹介で終わるばかりなのが悔しいのである。





続き。


堀が軍務局第一課の課員になった当時、大正7(1918)年の海軍大臣は加藤友三郎、次官は栃内曽次郎。
軍務局長は井出謙治で、軍務局第一課長は山梨勝之進でした。

海軍省軍務局第一課。
海軍省で中心になるのが軍務局、海軍軍事行政の話がここに集約される。
その中でも第一課は軍政系統の枢要中の枢要で、本当に仕事ができる優秀な人が集められる。
第一課長→軍務局長→次官→大臣というのがひとつの出世コースになります。

前回書いた堀への誹謗中傷がどれだけ謂れのないものか、こうした所に堀を持ってきた人事局と海軍大臣が彼をどう見ていたか。
配属された部署からおおよその見当が付きます。


栃内曽次郎も井出謙治も、山梨勝之進もこのブログではもう結構名前が出てきています。
栃内は岩手出身。
15歳上の兄が栃内元吉(陸軍)で、この人は盛岡の作人館で原敬と同室になった縁から生涯に亘る友人であったことは「岩手人脈(2)」で触れました。
井出と山梨は今は特にいいですか。



当時海軍は88艦隊(戦艦8・巡洋戦艦8)の建造に邁進していました。
ただね、当時の日本はホント~にビンボーなので、財政的に無理がかかりまくってるんですよ。

シベリア撤兵もできず出兵費用かかりっぱ(シベリア出兵大正7年~)、原敬が首相の頃には株価が大暴落(T8)。
その上に世界大戦終結の反動で大戦景気が一転、戦後恐慌に陥ります(T9~)。
海軍軍縮会議(T10)を挟んだものの、そこに追い打ちをかけたのが関東大震災(T12→震災恐慌に)。

不況と言えば昭和初期の印象が強いですが、実はそれは大正からの財政問題が連綿と続いた結果ですわ~
大正期は大戦景気の数年を除けば慢性的な不景気、不況です。


https://blog-imgs-63-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/2014826.jpg 大戦景気の頃の成金


大正初期の段階で日露戦争時の借金の利子さえ払えない状態に陥っており、世界大戦がなかったら日本は確実に財政破綻してました。
財政問題に限らず対21ヶ条の要求やシベリア出兵で国際的にも孤立しかけていて、実に危うい綱渡りをしているのが大正という時代。
いつもすれすれの所で不思議と救われている。


こうした状況の中での88艦隊計画。
海軍の状況を見ると、どうしても達成したい、その理由も気持ちも分かるんです。
戦勝国なのに、海戦では大勝利だったのに、その後の建艦技術の発展の速さについて行けず、海軍は三流・四流になってしまっていた。
(詳細は「H'sシップヤード」(の日露戦争後・大正期の話)をどうぞ。当時の建艦について)
でも無理なんだよorz

大正10年の海軍費 → 国家予算の3割

海軍だけで国家予算の3分の1を使ってる!
国家は海軍だけで成り立ってるんじゃないんだよ~

大正7年の時点で、既に陸海合わせた軍事費が国家予算の半分なんです…
その上88艦隊が完成したら、その維持費だけで国家予算の半分が必要とされた。
艦隊の!維持費!だけで!

そらー無理ですわ。
どう考えても無理ですわ。


ただ建艦競争に財政的に苦しめられたのは日本だけではありませんでした。
他の欧米各国も同じで、それでいっちょ話し合おうぜ、とアメリカからお誘いが来たのが大正10(1921)年の夏。

同年秋にアメリカワシントンで開催される海軍軍縮会議に出席する全権代表に、原敬首相は加藤友三郎海相を指名しました。
この辺りの話は「Odd Priority(の3)」と「原敬と加藤友三郎」に書いたのでそちらをどうぞ。


https://blog-imgs-63-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/2014826_2.jpg


この会議のためにワシントンに赴いた海軍の全権委員は加藤寛治。
随員は山梨勝之進、末次信正、野村吉三郎、永野修身、上田良武ら各大佐。
堀悌吉中佐、佐藤市郎少佐、桑原寅雄大尉、三戸由彦機関大尉、武井大助主計少佐、榎本重治海軍省参事官がいます。


続く。
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