Para Bellum

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25 2014

パラべラム ~ 堀悌吉(3)

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この話は19回シリーズです。
サイトに纏めて移行済み。そちらの方が読みやすい。
サイト > WORKS > 歴史話 > 近代MTS > 明治~昭和 よりどうぞ。

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NHKの山本五十六特番の再放送っていつあるの?
というか番組内で初公開と言ってた山本五十六の堀悌吉宛書簡その他って初公開じゃないと思うんだ。
確かに去年から今年の冬にかけて大分県立歴史博物館で公開されていたけど、何年か前に五峯録とか、大分県立先哲史料館で公開されてたはず。
とかつらつら考えていた訳です。
それで思ったんですけど、もしかしてあの番組自体が再放送だったとかそういうオチですか?^^;
…再放送はいつあるんですか?(笑)





パラべラム(2)の続き。


神さまの傑作のひとつ堀の頭脳

と同期に評されたと言われる堀悌吉。
非常に頭が切れるだけでなく、クラスでも非常に人望の厚い、信頼される人物であったそうで。
何かの事について争いが起こっても、堀が間に入ればそれで終わる。
堀が言うならそうだろう。
そう皆が納得する。
そういう人だったようです。

ただ世渡り上手だったかと言うとそうでもなく、真直ぐすぎて結局は早くに海軍を追い出されることになってしまった。


http://blog-imgs-63.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/2014_08240237.jpg


堀は大正6(1917)年に海軍大学校の甲種学生(※海軍の最高幹部養成コース)になっていまして、そこの課題で中々すごい事を言い出した。
それが「戦争善悪論」。

これは大正7年、ある教官が戦争の本質を論じて「戦争は善なり」と説いたことに始まります。
聞いていた学生達から議論百出、それがあまりにも激しく講義が進まないので学生らへの課題となったと堀自身が言っている。
この課題に対する堀の結論は、


戦争ナル行為ハ常ニ乱、凶、悪ナリ、
人ノ好ムトコロニ非スシテ等シク忌ムトコロノモノナリ

しかしながら一国が正当善良なる目的を達成するために戦争を行うというのは、総括して善であろう。
が、若シココニ他ノ方法手段ニ依リ戦争ヲ行ハスシテ同一ノ目的ヲ達成シ得タリトセハ更ニ善ナラサルヘカラス

(「戦争善悪論」)


戦争ナル行為ハ常ニ乱、凶、悪ナリ

これには少し驚きました。
現代の私たちから見ると至極真っ当且つ常識的な内容だと思うのですが、当時はそうではない。
しかも堀は職業軍人ですからねえ。
ここまではっきり言い切ってしまうのは、中々凄いことだと思います…
前回、


身を海軍において、国家を外敵より防衛し、国内安泰維持、民族平和的発展及び人文増進に
貢献出来得る様に努力する事を天職として心得て行かうと決心したのである。

(「堀悌吉自伝」、『堀悌吉』(大分県先哲叢書)より引用)


という堀の立ち位置を紹介しましたが、考え方はぶれません。

堀は大正後期から昭和初期にかけてのほぼすべての軍縮に関わっています。
優秀さを見込まれてというのが第一だと思うけれど、中々人を得た人事であったと思います。
人事局がどこまでそういう面を見るのかは分からないけれど。


ただ、この「戦争善悪論」は教官から注意を受けています。
曰く、


君の議論は徹底しすぎていて相手に口を開くの隙を与へない。
或る教官は君の意見は理屈張りで消極的だと云って居た。
又、いつかの答案に平等文明とか云ふ様な言葉を使ったのは、仏国駐在中に思想が変になったからだとも云っても居た。
御注意迄に申上ぐ、誤解を受けぬ様に気を付けたが良かろう。


(「海軍現役ヲ離ルル迄」)


これだけではちょっと分かりにくい。
実は色々話が複合していて、また色々前段階があり、「仏国駐在中に思想が変になった」という言葉が出てきている。


堀が甲種学生になったのは駐在国フランスから帰国した後の事。
足かけ4年の駐在中に第一次世界大戦が勃発し、原は現地での様子をつぶさに見ていました。

当時日本にはドイツ心酔者・同情者が多く(敵国なんだけど)、その中でフランスから帰国し、連合国側の不敗を説いたり、
日本が向上するためには漢字廃止ローマ字採用、メートル法確立、西暦採用の断行が必要だと主張したり、
スぺイン政府の立て直しには社会革命が必要だと主張したり、……

恐らく課題の答案として提出されたものかと思います。
が。
色んな根拠があったのだろうけれど、漢字廃止ローマ字採用はないわーと個人的には思う^^;
あんた森有礼か(※日本語廃止英語採用を主張)。
それに、社会革命がどういう意味での革命なのかと思いますが、日本の上層部が社会主義や共産主義に敏感になりつつある時期に、使う言葉としては軽率だったのではという感が無きにしも非ず。

そうした諸々の中、戦争の推移や我が国にとってフィリピンは戦略的に無価値という主張で、末次信正と意見の相違があり、字句を捉えて、
「共産主義者だ、危険思想だ」
と騒がれたようです。
「思想が変になった」は、ここでは、戦前で言う主義者になったという意味。


教官から「誤解を受けないよう気を付けろ」と忠告された頃には、かなり誤解されていたのではないかと思います。
海大卒業後、堀は軍務局員になる訳ですが、当時既に軍務局員であった古賀峯一(34期、堀の親しい後輩)は

「堀は思想上おかしいと言っている人がいるが、君はどう思うか」
「堀は共産主義者だと言っている人がいるが、本当か」

ということを人から聞かれている。


堀に対する誹謗は、堀の書いた「海軍現役ヲ離ルル迄」を読んでいるとこれ以前からもあったことが分かります。
見ていると24・5歳、大尉の頃の艦長やら司令官といった上司が人事会議で悪口を言っていたり、あいつは仕事をしないから気を付けろと口にしていたり。

堀悌吉や山本五十六の海軍兵学校32期は、日露戦争に参加しているクラスです。
実戦を経験したという点から、自信と鼻っ柱が強い風があり、上官に阿諛迎合するを良しとせず、上司だろうがなんだろうがその欠点や過失を仮借なく批判する。
あまり評判の良くないクラスだったそうです。

…あんたらは山本権兵衛かと^^;
(山本が兵学寮生徒であった頃は生徒に戊辰戦争経験者が多く、教官を舐めきって退寮騒ぎに…)


そうした冷ための周囲からの視線を、クラスヘッドである堀が強く受けていたというのはあると思う。
それに加え、上下のクラスで堀を面白くなく思う連中が色々とやっている、という忠告を堀自身が人から受けたことさえある。

堀はくだらないとして気に留めなかったのだけれど、周囲からの誹謗中傷は思うほど甘くなく、後々の思わぬ陥穽になってしまいました。


(青字引用は堀の著作。『堀悌吉』(芳賀徹他/大分県教育委員会/2009)より)


続く。

…のだけど、内容が文量からしてもブログ向きではなくなってきた気がする。
どうしよう。
特に要望がなければ続きからサイトに移行してもいいですか…orz 
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