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09 2014

堀悌吉、山本五十六、マリる。

(題w)

前回上げた系図ですが、あれを作るために借りた四竈孝輔の『侍従武官日記』。
中を見てみると向井弥一と侍従武官であった時期がほぼ重なっていることに気付き、とりあえず初めから読むことに。
結果としては結構面白かった。
堀悌吉と山本五十六の出現率半端ない。笑

堀と山本の仲人が四竈孝輔になります。
堀は初婚も再婚も四竈の世話になっている。


https://blog-imgs-63-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/20140809.jpg


大正7年5月25日条。


堀悌吉君、山口千代子嬢と目出度結婚の式を挙ぐ。
正媒酌人として式に列す。(<略>)

午後三時半堀君幷に夫婦にて自宅出発。水交社に赴き百般の準備を為す。
中庭にて新夫婦の撮影(<略>)、


https://blog-imgs-63-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/2014_08090204.jpg


午後五時挙式。
副媒酌細川源三郎君夫婦と共に媒酌の大役を務む。但し何等の面倒なく万事水嶋氏斡旋に従ふのみ。

午後六時半より小食堂に披露の宴あり。
来会者主客合わせて三十四名なり。
正媒酌の故を以て着席後直に本日の祝辞を述べ、山口与三郎氏続て主人側として挨拶を為す。
三鞭酒に及んで広瀬海軍少将、本日の来賓総代として立って礼辞幷祝辞を述ぶ。

食事終り別席に於て余興長唄(<略>)の演奏あり。極めて座興に適す。
午後九時解散。

客人其の他全部を見送りたる後、堀夫婦と共に自動車にて堀邸(青山高樹町十二番地寓居)に赴き、新郎新婦の更衣を見届け、午後十一時帰宅す。
首尾能く本日の式典を結了す。



文中、三鞭酒とあるのはシャンパンの事です。
広瀬海軍少将…
もしかして勝比古さんか!と息巻いたのだけど(笑)、当時既に予備役。
広瀬姓で少将の方を調べたら広瀬勝比古の他に広瀬順太郎、広瀬弘毅のふたりがいたのだけれど、彼らも既に予備役である…
誰か分からん。


そして堀が式を挙げた直後の同年6月10日条の日記に山本に縁談が出てきます。


横須賀武田君夫人より三橋礼子嬢の写真を送り来る。
礼子嬢は水野礼司君の従妹にて、山本五十六君の配偶に如何ならんとの話起こりたればなり。<略>
夜に入り山本、堀両君の来遊を需め、朝到来の写真に就いて相談を為す。
進捗の模様あり。


薦めてきたのが堀であったから山本は話を受けたみたい。
本当に大親友である。
15日に堀が山本の釣書きを届けてきたので会津若松の三橋家に送付を水野氏に頼み、30日に山本が会津行き。話本決まり。
で、翌7月28日に山本が郡山まで新婦を迎えに行き、翌月8月31日に挙式。
早い…この時代はこんなもんだったのか。



山本五十六君の婚儀幷に披露宴を築地水交社にて挙ぐ。
午後三時より三橋夫人、礼子嬢及び夫婦にて水交社に赴き、三時半前庭にて新婚夫婦幷に式典列席親族一同の写真撮影。


https://blog-imgs-63-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/2014_08090205.jpg


午後四時五十分永嶋式にて挙式。
約四十分にて本日の慶典を終る。
午後六時半より披露宴あり。
山本君は昨年旧長岡藩の名家山本家(<略>)を相続したるの故を以て、本日山本家側の来賓としては牧野子爵及び山本帯刀氏戦没当時其の従者たりし渡辺法学士等を始め高野家の主なる一族出席。
三橋家よりは湯野川、音川、宮嶋、黒井等出席す。


ここで前作った系図が活躍する。笑

海軍系図 

 黒井って黒井悌次郎じゃないの?


山本五十六は新居を青山高樹町に構える訳ですが、堀悌吉の新居も青山高樹町な訳です。
更に四竈孝輔の家も近所だったようです。

『父山本五十六』(山本義正/恒文社/2001)には、会津から出てきた礼子さんを気遣って仲人の四竈家の側に、とあります。
四竈の家も、堀の家も近かったからだろうと思われます。
奥さん同士もすごく仲良かったみたい。

四竈の日記を見ていると、堀、山本はこの当時頻繁に四竈家に出入りしています。
四竈は当時侍従武官で、基本的には宮城勤務、東京勤務なのですが、天皇の代理として出張が多い。
東京から遠方の地方に出かけることもあり、また数か月海外に出かけることもあり。

見ていると当時まだ揺籃期であった飛行機の墜落事故の状況確認等に行くという話が頻繁に出てくる。
主の留守宅は用心が悪いと、堀と山本が用心棒がてら四竈の家に顔を出していたということもあったみたいですな。
(当時海軍軍人の留守宅を狙った窃盗が流行っていたそうです)


で、そんなこんなの時に四竈さんちで
「今度海軍でボーナスが出る」
と堀と山本が話したのですが、前例がなかった為四竈の奥さん・竹子さんが信用せず、
「本当に出たら1割上げる」
と返した所本当にボーナスが出てしまい(…)、その1割を渡す結果となった。

ただふたりが帰った後に、頼んでもいない茶箪笥が送られてきたそうで。
運んできた人に仔細を尋ねると
「今しがた男性ふたりが茶箪笥を買い上げて、こちらにお届けしろと」
渡したボーナスが茶箪笥になって帰ってきたという話があります。

この話が四竈の日記にあってちょっと驚いたんだ…


夜堀、山本両君来遊につき兼て約束の年末賞与の内一割五分を提出す。
両君午後打揃い辞去されしが暫くありて立派なる茶箪笥一台霞町の道具屋より届け来る。
兼て我が家の茶箪笥破損し居りたるを知られたればなり。

年末賞与として海軍高等武官一般に一ヶ月分俸給を給与せらる。
物価騰貴の此際有難き仕合なり。

(大正7年12月17日条)


別に作り話だとか、そういうことは思ってなかったけど、実際に史料で見つけると嬉しくなってしまう。笑


***

台風、なんだかエラいことに…
今日帰ってくる筈だった人が途中で帰ってこれずに三重(よりによって三重…)のどこかの体育館でお泊りになったのだけれど、
私の地元は昼過ぎに雨が上がってそのままである(※大雨洪水暴風高潮警報出たまんま)。
こういう時、神戸と大阪でじゃんじゃん雨降ってても地元晴れとか曇り空とかがざらにあるので、いつもの通りと言えばいつもの通り。

でも地元、避難準備しなさいっていうのがでかでかとヤフーに出てるんだけど…^^;
大分北部で、やっぱり地元はあまり関係ない。
というか雨すら降ってないという地元クオリティ。
皆さんお気を付け下さい。
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