Para Bellum

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31 2014

日本海海戦、日進の惨劇

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この話は5回シリーズです。
追記改訂の上サイトに纏めて移行済み。そちらの方が読みやすい。
サイト > WORKS > 歴史話 > 近代史 > MTS-ALL よりどうぞ。
題は『海軍の本より』に変わっています。

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間が空きましたが『追悼 山本五十六』の続き。

この本を読んでいてちょっとびっくりしたことがありまして。
山本五十六と言えば、日露戦争の最中の海軍兵学校卒業生でして、少尉候補生として従軍しています。
以前に山本の親友堀悌吉が戦艦三笠に配属になっていたという話を書いたことがありますが、山本は日進に配属になっている。
もっとも年表を見ると明治37年11月14日に海兵卒、練習艦韓崎丸乗組みになった後、翌38年1月3日に日進乗組みになっている。
気の毒に、戦争中だったから遠洋航海が無くなってしまった…

御存じの通り、同年5月27日の日本海海戦で山本(当時は高野姓)は大怪我をしています。
結果的に左の人差し指と中指の2本を失い、下肢を損傷した。
同書に掲載されている山本を診た軍医の回想によると、指は骨が粉砕されてぶら下がっている状態、右下腿も酷くて小児の頭大の肉が失われていたとあります。

左手は指2本の切断で済んだのですが、戦前から軍医が腕切断を伝えた(※戦後の本でもそういうことが書かれている本がある)と言われていたようで、そんなことを伝えて患者に心配を与えたことはないとありました。
ヒーローにしたいあまり話を盛ったのか。

指が3本無くなれば廃兵(というのか)ですので、ぎりぎりだったんですね。
ちなみにこの時の怪我で、山本は軍人傷痍記章第1号を賜っています。(昭和13年)
また天皇陛下から義指を送られてますな。すごく大事にしてたらしいよ。

この怪我の原因は、阿川弘之『山本五十六』他によると日進の主砲の膅発によるものだとあるのですが、他を見ると主砲に敵弾が命中したのではともある。
ぶっちゃけ大して知らない素人には、どちらが主砲が爆発した原因かなんて分からんわけです。


https://blog-imgs-63-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/0704280052.jpg


とにかくロシア海軍と交戦中に日進の前部8インチ主砲が爆発し、それで山本は大怪我を負った。


私が知らないだけだと思うんだけど、この時の爆発って山本五十六が指等を云々っていうのでしか聞いたことがない。
それが一番有名な話だからだと思うんだけど、『追悼 山本五十六』に当時日進に乗り組んでいた人の回顧があった。

著者は海軍少尉(誤記に非ず)市川残花とあり、米内光政と海兵で同じ分隊になったことがあるという辺りから幾らか調べてみたのだけれど誰のことか分からない。
27期に市川節太郎という人がいるのだけどこの人なのか…
市川氏の話によると、


「日進」はまたしても敵主力の集弾を受け、前艦橋方面殊に飛弾繁く、ここにある首脳部は全く危急に陥った。
ここにおいてか三須司令官と田中航海長は一時、司令塔内に身を避けた。
そして司令官が周囲の細い隙間から前方を窺(のぞ)いた瞬間に、


https://blog-imgs-63-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/0704280045.jpg


眼下八伊(インチ)の砲身は二門同時に爆破した。

微塵になって四散した砲身の小片は司令塔前方の隙間からもバラバラッと飛び込んで、司令官の左眼球を潰し、前頭部を傷つけた。
航海長また頭部を、中央の戦闘舵輪受け持ちの按針手は顔面健(したた)かやられて仆れた。
金城湯池の司令塔の中すら人員は全滅になったくらいである。
況や塔上の前艦橋に身を曝していた者はたまらぬ。

参謀松井中佐と兵二人は爆風に煽られて中部上甲板へと打ち落されて即死。
砲術長従属として首に苗頭尺修正版を釣り、前艦橋の左端に佇立していた高野候補生は、
右脚福良脛の肉を抉り取られ、左手の食指と中指を奪われて仆れた。



みっすー、マジでか。
そら爆発に巻き込まれた人は山本五十六だけじゃないのは当たり前だけどさ。
短い文章ながら色々と想像してしまう。
それに三笠だって飛弾はすごかったと思うけど、こういう文章を読んでしまうと、東郷平八郎はよく無事だったと思う。

同じ人の文章で思わず笑ってしまったのが以下。


時も時、「三笠」の檣桁高くZ旗が揚がった直後のこと、一人の三等下士がメガホーンを口に当てて、
中部上甲板を後部へ向かって走りつつ叫ぶのを聞けば、

 ただ今「三笠」からの信号命令!
 皇国の興廃は一千二百メートル各員一層奮励努力せよ



ん?

な、なんか抜けとるし混じっとるで…^^;

著者は、
これよりいよいよ1200mという前代未聞の至近距離まで肉薄し、皇国の興廃を賭して戦うのだ
…と思い、それを部下にまで伝えてしまったそうな。

ドラマ『坂の上の雲』の日本海海戦の場面で伝令がその内容を伝えていく様子に、これは大変な大役だなあと思ったんだけど、実際には言い間違いとか聞き間違いとかも結構あったんじゃないかな~と改めて思いましたよ…


※追記 
日本海海戦、日清の惨劇(2)に続く
・市川残花は27期市川節太郎かと書いたけれど、31期市川恵治の誤り 
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