Para Bellum

tag: 米内光政  1/1

青森と盛岡つながり

借りてきた本に絡めてつれづれ。上写真はダイバーシティ関係で借りている外交官関係の本(内一冊はまったく関係ない)。欲しい情報があまりないのでそのまま返すつもり。そして珍田捨巳の本は早々に返却の憂き目にあったのであった…ごめんねすてみん。珍田捨巳は青森は弘前の人。クリスチャン。肝の据わった外交官として知られた人物で、後に侍従長を勤めている。山本権兵衛が内閣を組織した時に外相としての入閣を何度も依頼した...

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積読消化

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頑張って積読消化してるよーなんかね、なんかね、嫂の話によると姪っ子ちゃんと一緒に庭を散歩しながら唱歌を教えたりダンスを教えたりしてたらしいよ!やだ…どうしよう…2828が止まらない…もはや床を転げまわってコピーを読んでます。(生あたたか~い目で見守ってやって下さい…姪っ子ちゃんを滅茶苦茶滅茶苦茶可愛がってたからそんなこともあっただろうと思うけど実際家族からそんな話が出てくるなんて鼻血しか出ないよ私!何の話...

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広瀬武夫の話、色々(6)

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サイト移行の為下ろします ...

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追憶(2) 秋山真之

*****この話は4回シリーズです。追記改訂の上サイトに纏めて移行済み。そちらの方が読みやすい。サイト > WORKS > 歴史話 > 近代史 > MTS-ALL よりどうぞ。*****需要があるようなので続きます。ありがとう。そして青いよ!引用の嵐である^^; 4)清水光美 (36期。同期に南雲忠一、沢本頼雄) ○明治41年 橋立乗組み 橋立の乗組になった。艦長は有名な秋山真之大佐。 橋立は横須賀予備艦隊(...

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日本海海戦、日進の惨劇(3)

***** この話は5回シリーズです。 追記改訂の上サイトに纏めて移行済み。そちらの方が読みやすい。 サイト > WORKS > 歴史話 > 近代史 > MTS-ALL よりどうぞ。題は『海軍の本より』に変わっています。 ***** 題がそぐわない。笑 『追悼 山本五十六』、『残花一輪』より続き。 いや、なんてゆーか、本当に続くとは…^^; 日露戦争終結後の明治39年、日進乗組みであった市川恵治少尉は通常勤務の...

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(19)岩手人脈 3

原敬が親友の子・八角三郎に海軍行きを勧め、更に八角が誘ったのが米内光政。 みっつぁん、さぶちゃんの仲のふたりは盛岡中学の同級生でした。 中学とは言うものの旧制ですので、現在の高校になる。 この中学校、この時期に後の有名人を多く輩出していまして、米内と八角の2級下に金田一京助(言語学者)がいます。 そして金田の同級生に、野村胡堂(作家)、田子一民(衆議院議長)、郷古潔(三菱重工社長、東條内閣顧問)、及...

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(18)岩手人脈 2

東條英機の父は東條英教といいまして、南部藩の出身になります。 安政2(1855)年生まれ、小村寿太郎、犬養毅、出羽重遠、井口省吾らと同年になります。 同じく南部藩出身の原敬はその翌年生まれで、彼らが12・3歳の頃に明治維新を迎えた。 野辺地尚義の件で触れましたが、維新の際、南部藩ははからずも”朝敵”となってしまいまして、その藩の子弟であった彼らも苦難の道を歩むことになります。 東北諸藩出身者は、総...

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(17)岩手人脈

岩手・盛岡から野辺地尚義を頼って上京してきた少年、それが山屋他人でした。 上京時期の詳細は分からないようですが、どうも明治12(1879)年、13・4歳頃の事みたい。 同じく盛岡・南部藩の原敬も上京していますが、こちらは明治4年という随分早い段階です。 まあ原の方が丁度10歳年上になるので、そんなもんかと。 野辺地を頼ったのは、野辺地が山屋の叔父(母方)にあたるからで、上京後はそちらに身を寄せていた...

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Extraordinary

山梨遺芳録より (第4回)秋山真之が第一次世界大戦の視察の為に欧米に出張した話は色々と紹介されていますが、話の出所は山梨勝之進かな?『秋山真之』(桜井真清/秋山真之会/1933)にもこの時の山梨の話が掲載されています(「秋山将軍欧米視察旅行記」)。前回書いた通り秋山真之(当時少将)に同行したのが山梨勝之進中佐、英国駐在になるからという事で山梨の同期鳥巣玉樹という中佐も同行(『秋山真之』(田中宏巳/吉川弘...

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石部金吉金兜

 『条約派提督 海軍大将谷口尚真―筆録『鶏肋』に見る生き方』偶然存在を知って借りた。谷口は割と重要な人物だと思うのだけれど、いかんせんネームバリューがない…伝記があるようなのだけれど遺族の私費出版で、ちょっと縁遠い。ようやく手の届く伝記が出たかーと思ったのだけれど、果たして内容は訓示集でございました。ちょっと残念。谷口尚真(なおみ)は明治3年の生まれ。海軍兵学校の19期で、15期である広瀬武夫や...

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