Para Bellum

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落ち穂拾い(3)

熊本の木葉、木葉駅から一番遠い所にあったのが乃木希典奮闘の地。神社の麓にありました。そしてこの神社の階段を上り切った所にあったのが薩軍砲営陣地跡。え…どういう距離関係…駅から歩いて30~40分位ではないかと思うのだけれど、ここに来る前に高月官軍墓地に寄っているので正確な所が分からない。西南戦争時、木葉には官軍本営が置かれていた時期があるので、官軍関係の史跡があちこちにあります。駅からの道をまっすぐ進むと...

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関重忠の日記抄

関重忠の日記(抄録)を見つけたのですよ~。関と言えば日露戦争が始まる前から戦艦朝日の機関長をしていた人物で、有名な写真を多く撮影しています。これもそのひとつ。前列右から3番目が広瀬武夫です。右隣は栗田富太郎。広瀬武夫には「約束を守れ」という道徳の教科書に載った話、切手を送る約束をした少年に万が一のことがあった時の為にとロシアから切手を送るという話があるのだけれど、その少年がこの関機関長の長男重広君...

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青森と盛岡つながり

借りてきた本に絡めてつれづれ。上写真はダイバーシティ関係で借りている外交官関係の本(内一冊はまったく関係ない)。欲しい情報があまりないのでそのまま返すつもり。そして珍田捨巳の本は早々に返却の憂き目にあったのであった…ごめんねすてみん。珍田捨巳は青森は弘前の人。クリスチャン。肝の据わった外交官として知られた人物で、後に侍従長を勤めている。山本権兵衛が内閣を組織した時に外相としての入閣を何度も依頼した...

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『徳川慶喜家の子ども部屋』

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『徳川さん宅(ち)の常識』を読んで、積読になっていた『徳川慶喜家の子ども部屋』を読む。面白い。著者は徳川慶喜の孫で大正10年生まれ。生まれる前に慶喜は亡くなっていたので顔を見たことはない。そして元将軍家は幕府が滅亡した後も色々な意味で凄かった…もうね、付き合う層が全然違う。当然ながら。姉妹の嫁ぎ先が大名家、皇族というのが普通である。親戚に普通に皇族がいる。笑というか、著者の姉が高松宮のお妃であった...

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撒饌

広瀬神社から撒饌を送っていただきました。毎年ありがとうございます。来年は行けると思うんです…(涙今年は軍神せんべいを頂いた!と思いきや…あらーん… 軍神せんべいじゃなくなっとるよ。武夫せんべいになっとる。中身は変わってなかった。笑せんべいの方にはばっちり軍神の文字が入っています。型が戦前のものだそうで、意匠を変えるのは流石に難しかろう。それはとにかく軍神せんべい、とっても久しぶりなのでおいしくい...

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ノスタルジア

肌寒いわー…皆さんのお住まいの所でも同じなのでしょうか。ジンジャーエール用にジンジャーシロップを作ったのですが、お湯で割って飲む羽目に。笑新生姜が出ている間にもう一回作ろうと思いつつ、青梅を買う。(あら…今年はブランデー梅酒を作るでえ。日曜日に仕込んだのですが、飲めるようになるまでにはまだ時間がかかるなあ。待つ楽しみもあるのだけれど、出来るだけ早く飲み始めたい。笑それはさておき、聞いてくれ!中野直枝...

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道頓堀

道頓堀に行ってきた。用事があったのは難波だったのだけれど、なんとなくぶらぶら…いかにもーという感じ。ひっかけ橋でごわす。カールなくなったらここのおじさんリストラやなー(酷いこと言う…道頓堀の辺りは戦前、道頓堀5座と言いまして、芝居小屋が5つほどあったのですよ。現存しているのは松竹座と国立文楽劇場だけかな?五座のひとつに弁天座がありまして、下の写真で見ると道頓堀の奥の方に建っていた。座主が尼野氏で、支...

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広瀬武夫*113回忌

広瀬武夫の御命日です。書きたいこともあったのだけれど間に合いませんでした。しかし触れないというのもどうかと思うので、ちょっと古い雑誌をば。右のは明治37年4月、真ん中のは明治37年5月、左のは明治37年4月。左の征露図会は復刻版。去年鹿児島に行った際、維新ふるさと館で開かれていた古本市で350円やった…実は中身は持っているのだけれど、本になっているものなら欲しいなと。ぼろぼろですわ…久しぶりに征露図...

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財部日記 第2弾

帰ってきた。え、何処からという感じですが広瀬武夫の勉強会@東京に行ってきたー。色々お話しを伺ってきましたぞ!皆さん熱い方ばかりで私場違いだったんじゃないかと心配。迷惑ではなかっただろうか。 そして頂き物! クリアファイル(竹田市の)とサクマドロップ。ビスコとチロルチョコがカスタマイズできるのは知っていたのですが、サクマドロップまでとは…(笑午前は国会図書館に行ってきました。引き続き財部日記...

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プリペア

そろそろ財部彪日記を見に行くための準備をしなければならないのだが。 前回見に行く際にかなりの下調べをしたので、何となく気持ちがたる~ん。何と云ふことでせう。とはいえ見たいと思うところはあってですね!特に気になっているのは明治32年の部分。広瀬武夫がロシア駐在、そこへ朝日回航委員の竹下勇、イギリス駐在員の財部彪がやってくる。その時の記念写真が上のものですが、前列中心に座っているのが上村彦之丞です(中...

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