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tag: 伊藤博文  1/3

昭和天皇と周囲の人々(主に明治)(5)

衝撃の「東郷元帥の印象ない」発言から一夜(こらー続きです。★★昭和53年12月4日の記者会見記者の、東郷元帥とか保育にあたった足立たかなどの思い出はどうか、という問いに対して。天皇:東郷元帥に対しては私はあまり深い印象をもっていないから、鈴木タカに対してのみをここでは述べることにしたいと思います。<略>鈴木タカは、本当に私の母親と同じように親しくしたのであります。<略>養育係冥利に尽きるだろう思いま...

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品川神社(1)

先週末は東京でした。宿泊が品川で、早朝に少し時間が取れそうだったので周辺に史跡がないか探した(ヒジハラですから。笑)…ら、板垣退助のお墓があった。何となく青山霊園とか多磨霊園とか、あの辺りかと思っていたので意外でした。ということで取り敢えず品川神社まで。京浜急行新馬場駅の目の前。電車の中から結構大きい神社だなあとぼんやり見ていたのですが、よく見りゃ<●><●> 富士塚じゃね? (覚醒)(笑正直板垣退...

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「明治時代県政の記録」展@兵庫県公館(2)

明治元(1868)年5月26日、東条慶次宛伊藤博文書簡。読んでいてへえと思ったのですが、兵庫県、もしかしたら大阪の一部だったかも。書簡の初めに、兵庫は県になり大坂の支配を免れ、太政官から直命を受けることになったとある。現在の兵庫県域はかなり広いですが、当時の兵庫県は摂津と播磨のごく一部でした。というのも当時はまだ藩が存在しております。明治4(1872)年の廃藩置県までは各地の大名が各所領を治めておりますか...

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「明治時代県政の記録」展@兵庫県公館

変な所で途切れた前回の続き。初代兵庫県知事が伊藤博文なのですね。そういう関連もあり、神戸には伊藤に関する史跡が少数ですが存在しています。兵庫県公館もそのひとつ…と言っていいのかという気がしますが、そういうことにしておこう。笑関連の遺品が幾らかあります(どれ位あるのかは知らない)。今回の展示会で出ていた伊藤関連は書簡1通。しょかんいっつう。もう少し点数出して欲しかったー(心の声)内部の写真撮影可。下...

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兵庫県公館

兵庫県公館に行ってきました。今月17日まで「明治時代憲政の記録」という展示会が開かれている。伊藤博文の書簡が出ていると聞いたのですね。それが目的。兵庫県公館は明治35(1902)年に落成した兵庫県庁。昭和20(1945)年の神戸大空襲で外壁しか残らなかったらしい…復旧工事、保存再生工事を経て昭和60(1985)年に兵庫県公館として生まれ変わりました。建設当時の姿が復元されている兵庫県の迎賓館であり、...

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