Para Bellum

明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め。特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

20 2017

ぼちぼち

ブログのテンプレートを変更しました。
レスポンシブルデザインのものをお借りしたので、スマホでは見やすくなると思います。
タグクラウドで不具合が出ているのですが今の所は様子見で。
私に直せるのかどうかも分からん。

この2・3年ほどはサイトやブログに関して、google先生からモバイルフレンドリーにしろと言われてtableタグを一掃したり、html4をhtml5に変えたり、今回のhttpからhttpsへの対応であったりと、素人には辛い仕様変更ばかり。
基本的なことを知らずに運営しているからこうなるのよ…
とは分かっているのだけれど、こちらを1から勉強する暇があったら歴史の勉強したいというのがホンネであるんであるんである(大隈重信調)


今回こちらのブログのテンプレはSSL対応関連で非常に参考にさせて頂いたサイトさんからお借りしました。
そちらの文字周りや色味を少し変更して、テンプレ変更のボタンを押すだけでブログがガラッと変わるのですね。
サイトもそうだったらいいのですが、こちらは1枚1枚手作業になっていくので、まだ暫く時間がかかります。
というかまだ取り掛かっていない。

 chrome62以降SSL対応が出来ていないページには保護されていない云々とアドレスバーに表示されるようになるとのこと。
しかしながら私のサイトでは特にパスワードを入れるような場面もなく、基本的に閲覧オンリーですので、今のところは特に問題はないかなと。
入力フォームがあるメールに関してはレンタル元が既に対応済みなので、ハイ、特に問題なくご覧いただけます。
しかし外聞は悪いな。笑

未だhtml4で全体的に置いてけぼりになっている創作ページも何とかしないといけないのだけれど、まあ、ぼちぼちやる。ぼちぼち。

ページ数だけはあるので、こういう根本的な改編の時は本当にしんどいです。
ご不便をおかけすることもあるかもしれませんが、その辺りはご容赦ください。
あれこれいっぺんに出来る容量は私にはない。
申し訳ない。
19 2017

軍歴証明書ノート(7)

山砲兵


こんばんわ。
最近眺めながら励みにしている写真と共に登場です。
我泣きぬれて蟹とたわむる(どれだけ辛いねん

やっと中国での話が終わりました。これから南方戦線。最大の難関。
否が応でも気が重くなる。致し方なし。

中国戦線を見ていて色々と思う所はあったのだけれど、祖父のいた部隊は結構大規模な作戦に参加していたのだなと改めて思います。
第1次・第2次長沙作戦、浙贛(せっかん)作戦、江北殲滅作戦。

長沙作戦は祖父がいた山砲部隊が配属されていた歩兵連隊が亀川文夫連隊長率いる歩兵第236連隊で、『長沙作戦』を読んでいる時はピンと来ていなかったのだけれど、あ、あの豹を飼ってた部隊だったか!…と『華中作戦』を読んでいて繋がった。

豹を飼っていた部隊というのは、高知編成の歩兵第236連隊第3大隊第8中隊のこと。
拾った乳離れもしていない豹の子供を、ハチと名付けて部隊で大切に育ていた。
放し飼いにされていたのだけれど、街に行く兵隊の後をとことこ着いて回って、現地の中国人を驚かせていた。
そらびっくりするわなー。
亀川連隊長もこの豹は人に危害を加えないからと部隊に帯同を許していた。

ただ浙贛作戦を前にそれが無理になり、上野公園に送られることになるのだけれど、当時日本国内の食糧事情は非常に厳しいものでした。
そして空襲で猛獣が逃げ出したら、という懸念もあり…
動物園の動物たちは、周知の通り悲しい最期を迎えることになります。
ハチもその中の1匹。

当時祖父がいたのは山砲兵第40連隊第1大隊第3中隊で、この中隊は歩236連隊の第2大隊に配属されていたのだけれど(歩兵連隊と山砲兵大隊、更にそこから歩大隊と山砲中隊というコンバットチームを組んでいた)、じーちゃんハチに会った事あったのかな。
飼っているからかわいいし怖くないけど(犬と同じ感覚か…)、他所から見ると結構怖いぞ。笑


20171020_2.jpg
(荒れてきた…)


『長沙作戦』の著者は長沙作戦の当時、歩236連隊所属であった新米少尉で、しかも作戦の時は連隊本部附き。
第2大隊の細かい話も沢山出ていて、ということはイコールで山砲兵第3中隊の動きもそのままトレースされるということで、これは凄く凄く助かった…
私の頭では戦史叢書だけでは到底無理。

そして専門用語が分からないのは辛い。
段列という言葉が、本で見てもネットで調べてもピンと来なくてだな…
後方援助ということは分かったのだけれど、それは輜重では?兵站では?
とにかく後方援助らしい。
その程度で認識していたのだけれど、山砲兵連隊の組織図を見ても、中隊にしかついていなかったり、でも連隊段列、大隊段列、中隊段列という言葉があって、???^^;
戦友会誌を読んでいて、自分の認識と実態に大きな差があることに気付いて、ハッと思い至る。

『大日本兵語辞典』見ればいいじゃん。

お陰さまでまあまあクリアーになりました(はっきりとクリアーではないというのが)。
本職(陸軍将校が作った大正10年刊行の辞書)の知識に勝るものはない。
私、段列の意味を広義に捉え過ぎていた。

主として砲兵部隊に関して使う言葉だそうで。
山砲や野砲をぶっ放して、弾丸が無くなった時にその補充をする、また戦闘中に必要なものだけを携行する機関の事だった。
中隊で弾丸が無くなったら、連隊か大隊(多分)に貰いに行ってまた戻ってくる。
そら歩兵と違うから弾の補充はいるわな。
そして砲兵はチームで砲の操作をするので、死傷で砲手が減ったらその場で人間の補充もされる。
そういう時にも段列員がそこに補充されるという仕組みだったらしい。
ついでに『山砲兵須知』も読みましたよ…
まさかこんなもん読む日が来るとは思ってなかった。

***

テンプレートを新しいものに変更しました。
レスポンシブルデザインのものをお借りしたのでスマホでは見やすくなると思います。
あとサイドバーはぼちぼち触っていけたらと考えていますので、若干不具合が出ていますがご容赦を。

続きに拍手の御返事があります。

10 2017

サイト13年

本日でサイト開設13年になりました。
本当に良く続いてると思うのですよ我ながら。
いつも遊びに来てくださる皆様、ありがとうございます。感謝、感謝です。
何の更新もしないままサイトもまだ夏模様、しかも恐らく今月末頃までは今の状況が続きそうという時点で非常に顔を出し辛いのですが…^^;

申し訳なし。
しかし心情的にも物理的にも今はそれ所ではない(おい
10月も既に3分の1を過ぎたというのに軍歴証明書の方はまだ半分にも差し掛かっていないとかいう有様ですよ。(タイムリミットは11月2日)
睡眠時間は毎日2時間ほど短くなり、3連休はどこにも行かずこれで摺り潰され(笑)
まあ〆切がないとやらないだろうと思うので、これはこれでよかったのだと思う。

しかしながら戦史過酷過ぎて辛い。いろんな意味で。
戦友会誌はミクロ的、戦史叢書はマクロ…
と言いたい所だけれど、こちらも事細やかにフォローしすぎていて(だって戦史叢書ですもの)、却って話が分からなくなる事が度々。
辛い。
中間くれ。笑
あれこれ落とし所を見つけながらやっとる訳ですが、何せ時間がかかる。

そして長沙作戦は辛かった…
祖父のいた山砲部隊とその配属先の歩兵部隊、大袈裟でも何でもなく2度ほど壊滅しかかっていて、本当に良く助かったなと。
その次に参加した浙贛作戦が戦場までの移動に船と列車を使ったり、杭州の観光をしていたり、大作戦で結構大変だったはずなのだけれど直前の長沙作戦がハードモードすぎてそうは見えないという。

しかし歩兵は辛い。
何かにつけ突撃だとか白兵戦だとか、やっぱり一番犠牲者が多い。
同じ戦場に出ていても山砲と歩兵では損害を受ける率が全然違う。山砲は歩兵の援護だしなあ。
読んでいても本当に頭の下がる思いしかしない。
06 2017

久々に伏見

連続生きてます報告ですいません。

週末に久しぶりに京都伏見に行ってきました。
何年か前乃木神社に行ったきり、まあ特に用事がある場所でもないので。

集合場所は中書島だったのだけれど、本当に久々だったので丹波橋で下りて大黒寺に寄る。
大黒寺は薩摩に縁がある寺で、薩摩義士の平田靱負と寺田屋事件で亡くなった薩摩藩士9人のお墓があります。
お参りした後はぶらぶら中書島まで歩くつもりでいたのだけれど、途中通りかかった伏見の区役所?に付近の歴史地図があってだな、よくよく見たら石碑が増えとるではないかー!
ちょっと遠回りしてあっち寄りこっち寄り、といっても薩摩藩邸跡、長州藩邸跡、鳥羽伏見の戦いの跡位ですが。
寺田屋には入りませんでしたが、これも久々に外観を眺める。
この鳥羽伏見の戦い跡と寺田屋が本当に目と鼻の先で、これには少し驚いた。
そらー当然焼けとるがな。笑(分かる人には分かる話題…
私もこの日一緒に遊びに行ったみさわちゃんも坂本龍馬には大して興味がなく(ふたりとも世間一般の龍馬の底上げ感を嫌悪している派)、寺田屋寄る?のての字も出ないという…笑

目的は十石舟に乗ることだったのですが、中々いい感じでした。
川を上から眺めることはあっても、近い地上を下から見上げることはあまりないので、割と新鮮。


20171006
(こういう感じ)


街中を水路が走っていた伏見も今では随分埋め立てられ、近世の様子とはかなり変わっているようです。
秀吉の時代、伏見城があった時代の地図を見たのですが、10分か15分掛けて回った水路は伏見城のお堀のほんの一部。
うーん、権力者が作る建築物の規模は計り知れない。

行ってみたいということで行った御香宮(鳥羽伏見の戦い時薩摩の本営があった)はまさかの秋祭りだったり、あと今まで何度となく探し回って見つけられなかった伏見奉行所跡をあっさり見つけたり。

そして戦友みさわちゃんと会うのが本当にひっさびさだったので、本当にあれこれと話をしました。
た、楽しすぎる…
軍歴証明書のガッツリ戦史の落とし所の悩みを聞いてもらったり、伊東巳代治の悪口を言い合ったり(おい)、時間が矢のように過ぎていく。あっという間に夜で時間が足りないー。
一緒に旅行に行っても1日一緒にいるのに話し込んで寝るの3時とかになるんだもんね…
そして今回も次の日は喉が涸れていたのであった。笑


 20171006_02


京都だと探していたものが割とあっさり見つかるのもよし。
箔のコースター、ばら売りでやっと見つけた…!
あと和風の素敵御朱印帳袋を発見。綺麗なものばかりで迷ったけど、色が決め手。
うーん。嬉しい。
01 2017

SSL対応しました

題の通りです。
先日の記事を書いた次の日にあっさり作業終わった…^^;
ご覧頂いているこのブログとお菓子ブログは既に対応済みです。
旧ブログはまだ対応していない。

SSL対応に伴いURLが変更になりました。
(旧)http://murakumo1868.blog3.fc2.com
(新)https://murakumo1868.blog.fc2.com

旧アドレスの方にアクセスしてもFC2の方で新アドレスの方に飛ぶように設定されていますので、ご覧頂いている方が何かする必要はありません。
とりあえずご連絡のみ。
しかしアマゾンにリンクを貼っているページはエラーが出るのではないかと思われます。
あと外部リンク…
閲覧に何か問題があるという事ではありませんので、その辺りはとりあえず事前アナウンス。
まあどうなりますか。

あとサイトの方はちょっと時間かかりそうな感じが…
ぼちぼち対応していければと思っていますので、気長にお付き合いくださいませ。

***


IMG_4616.jpg


伏見に行ってきました。
十石舟に乗りたいということで!
中々風情があっていい感じでした。後はぼちぼち寺田屋見たり大黒寺見たり…
またサイトの方で更新できればと思います。写真入替えたい。笑